「丸山ゴンザレス」40歳の豪放磊落なる生き方 その取材力はかくも厳しい環境で鍛えられた

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「直属の上司が半年後に辞めることが決まっていたんです。半年間で一人前に仕事をやっていけるようにするため、ずいぶん鍛えられました」

「夕方までに100本の企画を書いて!!」

「週明けまでに、単行本数冊ぶんの原稿を校正して!!」

などなど、とにかく大変な量の仕事を回された。ビジネススキル本、日本語関連の本を中心に、年間20~30冊編集した。寝ているヒマもなかった。

「きつかったですけど手取り足取り教えてくれたので、企画の立て方から入稿まで編集者としての基礎的な能力を最短期間で身に付けることができました。やはり膨大な仕事をこなしたのが大きかったですね。何年もかけて地道に経験積むより効率的に成長できたと思います。今、編集者づらをしていられるのは、その上司や会社のおかげですね」

出版社で働き初めて生活が安定した。給料も良い会社で年々昇給していった。

「余裕が出来たので夜飲み歩くようになりました。飲み屋などでサブカル雑誌の編集者やライターと知り合いになりました」

出版社で働く前の底辺時代、新宿でアンダーグラウンドな仕事をしていたため、裏社会の仕組みには精通していた。

知り合ったサブカル雑誌の編集に頼まれ、潜入取材や体験取材を手伝ったためますます詳しくなっていく。

裏社会をテーマにした単行本を出版

そしてフリーランスのライターとして、裏社会をテーマにした単行本を出版することになった。

『裏社会の歩き方』『図解裏社会のカラクリ』(どちらも 彩図社/丸山佑介名義)などはヒットして、まとまった臨時収入が入ってきた。

「30歳を過ぎた頃はかなり金銭的にはゆとりがありましたね。かなり派手に飲み歩いたし、移動はだいたいタクシーでした。そうやっておカネを使って飲み歩いたぶん、いろいろな面白い人たちと出会うことができました」

仕事は上手く回っていたが、あいかわらず寝る時間はほとんどなかった。

「深夜まで仕事をして、朝まで仲間たちと飲み歩き、そのまま眠らずに会社に行ってました。睡眠は慢性的に不足していましたが、むしろ寝たら負けだと思ってました。どうしても眠気に耐えられない時は、会社の屋上に新聞紙を敷いてその上で仮眠をとって何とかしてました。いやあ、若かったんですね(笑)」

そうやって裏の仕事をするうち、フリーランスの仕事が増えすぎてしまい、徐々に会社の仕事を圧迫していった。

「ある日、とある出版社から長期の海外取材の打診がありました。働いていた会社はとても良い会社だったのでしのびなかったのですが、辞表を出しました。その時が32~33歳で、それからはフリーランスとして活動してます」

丸山さんのライターとしての活動方法は、みずから率先して海外に取材に行き、取材をして得たネタを個別で出版社に売りこむスタイルだ。タイ、カンボジア、マレーシア、ベトナムなど、アジアの国々を中心に回った。

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