「寝てない自慢」をする人を襲う健康リスク

「忙しいの、慣れちゃったよ」は脳の故障だ

動物の前頭葉の下の部分には、疲れを感知すると脳幹に「疲れているので、休んでください」という信号を送る「疲れの見張り番」のようなセンサーがある。ここから指示が出されると、指示を受けた脳幹は神経細胞を通してセロトニンを分泌する。セロトニンが分泌されると、脳は心身を休ませるために活動を抑え、その結果、元気な状態を取り戻す。

ところが、見張り番から「休んでください!」という指令が送られても、無視して活動を続けると、見張り番自体が故障してしまい「休んでください」という指令を送れなくなる。

指示が出ないので、ネズミは「疲れている」と自覚できない。その結果、疲れを感じることなく働き続ける、“スーパーネズミ”が出来上がるのだ。

10日目でネズミは「長時間労働」から解放されたため、その後どうなったかは報告されていない。しかしながら、実験で明かされた「疲れている自覚なく働き続けるメカニズム」をかんがみれば、似非ショート・スリーパーが過労死と背中合わせであることはおわかりいただけるだろう。

過酷な労働状態に置かれているにもかかわらず、「忙しいの、慣れちゃったよ」と言う人がいる。これは慣れたのではなく、感じなくなっただけ。慣れたと思っているときが、いちばん危険なのだ。

ボーダーラインは…

さらに脳の疲弊は、私たち人間の知覚を狂わす。

「仕事の要求とプレッシャー」が高まると、自ら“働きすぎ”を拡大するという矛盾が起きてしまうのだ。

「いい仕事をするためには、私的な時間を犠牲にしてもやむをえない」と過剰適応し、身も心も疲れ果てボロボロになっているのに、どこまでも働き続ける。

「いい仕事をしたい」「会社に貢献したい」「お客さんを喜ばせたい」といった承認欲求に加え、「人に迷惑をかけたくない」という意識が、

長時間労働→疲労→家でも仕事→睡眠不足→作業能率の低下によるミス→自己嫌悪→挽回するため長時間労働+家でも仕事→さらなる疲労

といった矛盾に満ちた行動を可能にする。脳科学では「脳が心を決める」ととらえるが、心は脳を左右する力もあり、決して「脳=心」ではないのである。

そういった「人間の矛盾」を加味したうえで、心身に悪影響を生じさせる労働時間を分析していくと、ボーダーラインは「月残業時間50時間前後」で、「帰宅時間22時」ということがわかっている。この指標は、私の大学院時代の指導教官であり、恩師の山崎喜比古先生らが1991年に行った調査で明らかにしたもので、この研究は長時間労働と健康との関係を考察した代表的な研究として今なお評価されている(東京都立労働研究所「中壮年男性の職業生活と疲労・ストレス」)。

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