アフリカ人が日本で「大学長」になれた理由

「外国人」として勝負はしなかった

数百人ほどの中国人学生が、中国人1人がアフリカ人によって重傷を負わせたという噂に応え、「キル・ザ・ブラック・デビルズ(黒い悪魔を殺せ)」と唱えながらアフリカ人学生寮になだれ込んだ。命の危険を感じたサコ教授ら留学生たちは、北京に戻ってそれぞれの大使館で保護してもらおうと、南京の鉄道駅に急いだ。

恐ろしい事件だった。その後アフリカ人の学生のほとんどが安全のためキャンパス内にとどまった。中国人の学生はもっと身近により深刻な問題を抱えていた。その問題というのが自らの政府だったのだ。天安門広場の虐殺が起こったのはこの事件のほんの数カ月後だった。天安門事件の際には、多くの学生が中国軍の手によって命を落とした。

中国から今度は日本へ

東南大学での5年間に、サコ教授は学士号を取得したばかりでなく、大学院に進み、研究も行っていた。だが、同教授は、中国は自分がこれから求めている研究を進めていく場所ではないという結論に達した。中国での学生時代が終わったので、キャリアや将来を築くことができる場所を探した。日本にすることにした。

そして、サコ教授は再び他国に移り、会話もできなければ、文化も知らない国でまた一から道を切り開くことになった。そして1991年から8年間を日本語の勉強に費やすと同時に、京都大学大学院建築学専攻で工学の修士号と博士号も取得した。2001年には、京都精華大学に人文学部の教授として採用され、建築以外にも現地調査手法や都市デザインといった数多くの教科を指導した。

その後、順調に出世の階段を上って2013年には学部長に就任。ここにたどり着くまでに乗り越えなければならないハードルは少なくなかった。特に外国人にとっては大変なことだった。だが、サコ教授には、中国で築かれ、日本で磨かれた一連の鉄則があり、これが支えとなっていた。

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