福知山線脱線事故「遺族と元社長」13年の闘い

JR西日本を変えた2人の技術屋の出会い

しかし、山崎氏は就任から3年半で辞任に追い込まれる。福知山線事故現場のカーブ付け替え工事を行った鉄道本部長時代の責任を問われ、在宅起訴されたためだ。

意気消沈して退任あいさつに訪れた山崎氏を淺野氏は激励し、1つの構想を持ちかけた。遺族とJR西幹部による福知山線事故の共同検証委員会設置である。

福知山線脱線事故で38年連れ添った妻と実の妹を奪われ、次女が瀕死の重傷を負わされた淺野弥三一氏。さまざまな思いを胸に、13年間、JR西日本の組織体質と対峙し続けた(撮影:綱本 武雄)

「被害者と加害者の立場を越えて同じテーブルで安全について考えよう。責任追及はこの際、横に置く。一緒にやらないか」

山崎氏は、少し迷いながらも応じた。

「わかりました。やる方向で考えましょう。後任社長に伝えます」

遺族と加害企業が1つのテーブルに着き、対等に事故原因や安全施策を話し合うなど、日本の事故史上、前例がない。社内調整もしないままのフライングと言える決断だったが、この2人の合意が発端となって、JR西の企業変革は本格的に動き出してゆく。事故から5年目のことだった。

安全思想と組織の改革へ動き出したJR西

淺野氏が提案した共同検証は、双方が事故原因について見解を述べ合う「課題検討会」、組織事故の構造を明らかにし、安全施策を検討する「安全フォローアップ会議」という2つの会議に結実する。計3年3カ月におよぶ、遺族と加害企業との真剣な対話だった。そこで話し合われた「リスクアセスメントの向上」「第三者評価の受け入れ」「ヒューマンエラー非懲戒」などの方針が、現在のJR西の安全施策の柱となっている。

もちろん、そこに至るまでには多くの意見対立と激しい議論があった。詳細は『軌道』に記したが、最も大きな成果を1つだけ挙げるとすれば、JR西の事故認識と安全思想の転換である。

現代の事故は、一人のミスや単一の原因で起こるものではなく、組織的・構造的に引き起こされるものであり、構造的要因を解明して対策を取らねばならない──。それは、かつて井手氏が述べたような「個人の怠慢や悪意によるエラー」を戒める考えから、「人はまじめに務めていてもミスをする」ことを前提とした予防的・多重的な事故対策への移行だった。

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