土浦「驚きの駅ビル改革」でつくばを越せるか

テーマは「自転車」だが走行環境はつくばが上

土浦は茨城県南の都市で人口約14万人を抱え、かつては「商業都市」と言われていた。その基礎ができたのは江戸時代のこと。霞ヶ浦から利根川を経由して江戸へ向かう水運が整備され、水陸交通の拠点として栄えたことで商業が発達した。その後、1896年には現在のJR常磐線が、1918年には筑波山麓を北上して岩瀬へと向かう筑波鉄道(1987年廃止)が開業し、県南の交通の要衝を担う商業都市として栄えた。

しかし土浦に「ライバル」が現れる。隣接するエリアに整備された筑波研究学園都市だ。1985年に開催された「国際科学技術博覧会」(つくば博)で注目度が高まると企業立地も進み、まちは急速に発展していった。1987年には4町村の合併により人口約11万人のつくば市が成立し、当時人口約12万人の土浦市と肩を並べる都市が誕生した。さらに、翌年にはつくば市が筑波町を合併したことで、つくばと土浦の人口は逆転した。

1985年の「つくば博」の際、土浦市内に整備された高架道路「土浦ニューウェイ」と505mの立体商店街「モール505」(筆者撮影)

しかし、この時点では土浦はつくばの都市整備の恩恵を受けていた。土浦の駅ビルは、つくば博直前の1983年に「ウイング」の名前で開業。1985年のつくば博の際、市街地に高架道路「土浦ニューウェイ」が造られ、高架横には商店街「モール505」が併設されるなど市街地の活性化も図られた。「ウイング」は、1991年には年商112億円を記録した。

発展するつくばの陰で空洞化

土浦の中心市街地は空洞化が進み、駐車場のままの場所も多く見られる(筆者撮影)

しかし、その後土浦の市街地は空洞化していくこととなる。大きな要因は3つある。1つは土浦市内郊外でのロードサイド店の増加、2つ目は駅前の再開発、そして3つ目は2005年の「つくばエクスプレス」開業だ。秋葉原とつくばを45分で結ぶ新路線は沿線に開発ブームを巻き起こし、大型商業施設が多数進出した。こうして土浦は、商業の面でもつくば市の後塵を拝することとなった。

土浦側が何もしてこなかったわけではない。1997年に開業した再開発ビル「ウララ」には「イトーヨーカドー」が入居したほか、閉店した大型商業施設の一部を起業家向けに「チャレンジショップ」として開放したり、上野の「アメ横」と協力した振興策を行ったりしてきた。駅ビル「ウイング」は2008年に一度閉館し、翌年にイオンモールの運営する「ペルチ土浦」としてリニューアルした。

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