5兆円経済対策による増税圧力の緩和効果は? 財政「悪循環」懸念は残る
[東京 1日 ロイター] - 安倍晋三首相が来年4月から消費税を8%に引き上げることを決断し、同時に経済対策を発表した。民間エコノミストは経済対策の効果によって、増税での国内総生産(GDP)落ち込み分の6、7割がカバーされ、14年度も1%台半ば程度の底堅い成長が確保されると予想している。
一方で、置き去りにされた家計部門には、賃上げを実現するための支援税制の一段の工夫が必要との指摘が出ている。また、財政面からは大盤振る舞いの反動減を毎回補う追加公共投資の悪循環を断ち切る政治決断ができなかった点についても批判の声が上がっている。
ロイターは、5兆円規模の経済対策の効果について、9月30日、1日の2日間にエコノミスト7人に聞き取り調査を行った。回答者は次の通り。(あいうえお順、敬称略)
菅野雅明:JPモルガン証券チーフエコノミスト、熊野英生:第一生命経済研究所主席エコノミスト、斉藤太郎:ニッセイ基礎研究所経済調査室長、白川浩道:クレディスイス証券チーフエコノミスト、西岡純子:RBS証券チーフエコノミスト、丸山義正:伊藤忠経済研究所主任研究員、山田久:日本総研調査部長
<増税でのGDP下押し1%程度、対策で0.7%前後押し上げ>
来春4月に消費増税が3%引き上げられると、14年度GDPは、消費の駆け込み需要の反動減と実質所得の低下によりほぼ1%前後押し下げられると見られている。
安倍首相は企業支援を中心に5兆円超の経済対策を決めたが、それらのGDP押し上げ効果は概ね0.4─0.8%程度と試算されている。落ち込み分全てをカバーすることは無理だが、急激な景気悪化は食い止めるられそうだ。
特に公共投資の大盤振る舞いで公的需要が13年度に続き発生することや、投資減税や復興特別法人税の前倒し廃止により、設備投資の活発化が予想されている。同税の廃止9000億円分による設備投資押し上げ効果は、2人がほぼゼロとみているが、5人は0.5─1.0%程度の効果があるとみている。
フォーキャスト調査による3%増税を前提した14年度実質成長率見通しは0.6%となっており、今回の経済対策による押し上げ見通しを単純に上乗せすると、1─1%台半ばの成長が見込まれることになり、ある程度底堅い成長が確保できそうだ。
<増税負担緩和に賃上げ税制更に緩和を、物価波及も限定的>
経済対策による成長押し上げ効果の大部分は、投資減税や法人減税、公共投資といった企業向け支援であり、家計への増税負担の緩和策は低所得者対策や住宅取得者支援を除き特にない。「日本経済の潜在成長率が、労働人口の減少によって一貫して下押しされており、人口動態の問題は早期には解決しにくい点や、税収の構成をみると、法人税の負担が高く、個人所得と消費の負担が低い点の2つから考えると、企業支援型の政策に偏っていることは理にかなっている」(西岡氏)と一定の評価もある。
とはいえ、来年度について家計にとって増税の価格転嫁分は確実に物価高となり、実質所得が減少することになる。消費の落ち込みは反動減に加えて所得のマイナス効果も発生する。今年度は異例のパターンとして消費が成長のけん引役となり、物価への波及も見えてきただけに、デフレ脱却の視点からは、この流れに水を差さない配慮も必要だ。
安倍首相は復興法人減税や法人税実効税率の引き下げにより賃金への波及を促したい考えだが、「政労使協議で賃金の持続的な引き上げに向けた合意ができるかどうかが焦点」(山田氏)となる。ただ、個別に賃上げが行われても、日本経済全体では賃金底上げは相当難しいとみられている。
日本の労働市場では「賃金の高い製造業から低い非製造業への雇用シフトが生じているため、平均値としては上がりにくい状況」(菅野氏)が生まれている。
賃金への波及を促すために、対策では給与総額2%増を実施した企業への賃上げ促進税制の条件について「過去平均的な雇用者数の伸び率(景気が良いときに1%弱)や、デフレ脱却が道半ばである現状から考えると、使いやすい政策に変わった」(西岡氏)と一定の評価はあるが、「初期段階としてさらに緩和するなど追加対策が必要」(丸山氏)との指摘もある。
賃金上昇が実現しなければ、持続的な物価上昇もままならない。対策による物価への影響について、エコノミストの試算では、0.1─0.2%程度の押し上げ効果しかないと予想されている。対策がなかった場合よりも成長率は押し上げられても、潜在成長率も自体も上昇し、需給ギャップはさほど縮小しない可能性がある。このため物価押し上げへの影響は限定的にならざるを得ない。
<財政拡大の悪循環断ち切れず>
安倍首相の決断について、財政再建の視点からは厳しい評価が目立つ。「消費増税のために大規模な財政主導を繰り返すようであれば、財政健全化は実現しない」(斉藤氏)ためだ。
特に公共事業について「3兆円超の積み増しを行って全体で5兆円規模まで膨らませる必要があったのか。2兆円の減税だけでよかったのではないか」(熊野氏)といった指摘もある。
「昨年度の財政大盤振る舞いのツケが14年度の財政の崖となり、それを回避するため公共投資追加をするという悪循環にある。それを断ち切る政治的な意思決定がなされていない」(丸山氏)と言われても仕方のない状況にある。
本来であれば、増税よりも社会保障給付の削減こそが財政規律の観点からは重要だと見られている。また、財政緊縮に力点をおきながら第3の矢である成長戦略の実効性を挙げることも求められているが、「それまでに時間がかかるとすれば、金融政策への依存度が益々高まる筋合い。結局、日銀は追加緩和に追い込まれる」(白川氏)といった展開も予想されている。
以下、回答者による見通し一覧(敬称略)1)今回の5兆円規模の経済対策による14年度と15年度のGDP押し上げ効果 %ポイント 14年度 15年度 菅野雅明 0.6 0.2 熊野英生 ━ ━ 斉藤太郎 0.4 0.0 白川浩道 0.6 0.3 西岡純子 0.4-0.5 0.3-0.4 丸山義正 0.7 0.1 山田久 0.8 0.5 2)14年度3%消費増税によるGDP全体へのマイナス効果 %ポイント 菅野 -1.2 熊野 -1.0 斉藤 -1.2 白川 -1.0 西岡 -1.0 丸山 ━ 山田 -0.8 3)復興特別法人税前倒し廃止の設備投資押し上げ効果 %ポイント 菅野 ━ 熊野 0.6 斉藤 1.0 白川 0.0 西岡 0.07 丸山 0.5 山田 1.7(向こう3年間で) 4)14年度コアCPI押し上げ効果 %ポイント 菅野 0.2 熊野 ━ 斉藤 0.1 白川 -0.2(増税による物価下押しを含む)西岡 0.07 丸山 0.1-0.2 山田 0.2
(ロイターニュース 中川 泉;編集 田巻 一彦)
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