AIで本当に人間の仕事はなくなるのか? アダム・スミスが予見できなかった未来

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次にスミスから、40数歳年下のマルサスの話をみてみよう。彼は、1798年の『人口論』で有名になった人で、1820年に『経済学原理』を出している。そこでマルサスは、次のように言う。

「わたしがアダム・スミスの不生産的労働者をきわめて重くみていることになるであろう。しかしこれは明らかに、生産者としてではなく、彼らのうけとる支払に比例して需要を創出するという彼らの能力によって他人の生産を刺激するものとしてである。」(マルサス(1820)/小林時三郎訳(1968)『経済学原理』67ページ)

こうしたマルサスの世界では、スミスが非生産的労働と位置づけた医師は、生産者としてではなく、需要を創出するという彼らの経済的能力によって、農家の生産を刺激する存在だということになる。そしてもし、そうした生産への刺激をしてくれる存在が、ロビンソン・クルーソーやフライデーの人生をも豊かにし、QOL(生活の質)を高めてくれるということであれば、それにこしたことはない。

経済発展の歴史というのは、このような経緯をたどってきたと言える。

生産性向上で社会は深く永続的に変化する

物的生産性が高まって(他に交易条件も大きく関係してくるのであるがここでは捨象)、スミスが極めて狭く定義した「生産的労働」に従事しなくてもすむ人たちが、サービス産業を担い、ある人は小説を書き、ある人は音楽やサッカーに人生をかけ、ある人は法律家、医者になり、教育に従事することにより、こうした当事者も、そして彼らが提供してくれるサービスを利用する人びとも、生活をどんどんと愉快に便利に、満足度の高いものにしていった。それが経済のサービス産業化というものであったし、そうしたサービス産業化の中で、金融やコンサル、シンクタンク業に特化したりする人たちも大勢出てきた。

産業革命の最中に、英国でラッダイト運動(1811~1817年)という機械打ち壊し運動が起こった。だが人類の歴史というのは、機械化による生産性の高まりは、その多くの労働力を、スミスが非生産的労働と呼んだ方向にシフトさせることにより経済の規模を大幅に拡大させて、機械化による生産性の高まりを社会全体がしっかりと享受できるようにしてきたことを教えてくれる。

目下、AI(人工知能)で仕事がなくなる、だからベーシックインカムをという声もあったりするが、ピケティも言うように、19世紀以来、先進社会が経験してきたような、1人当たり産出が年率1%で成長する社会は深い永続的な変化を伴う社会であった。その社会では、既存の仕事がなくなることを、これまでも継続して経験してきている(ちなみに年率1%増が人生100年続くとすれば1人当たり産出を2.7倍に増加させることのできる変化を社会に強いる)。

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