エスカレーター「片側空け」奨励する国もある 日本では「歩行は危険」と禁止の方向だが…

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ロンドンのエスカレーターでは、日本ではあまり見かけない習慣がある。それはカップルがエスカレーターの上で向き合っておしゃべりすることだ。上りエスカレーターなら、ひとつ上の段に乗っている女性が180度回って(つまり後ろ向き)になって、男性と向き合う格好となる。

ちなみに、前述のロンドン地下鉄最長エスカレーターのエンジェル駅では、実測で上り下りともに片道1分22秒かかる。これだけの時間があればそれなりのおしゃべりもできようというものか。もっとも、おしゃべり以上のことを平気でやっているカップルもいて結構驚くのだが。

日本との違いは何か?

日本では何度となく「エスカレーター上での歩行を認める、認めない」の論議が起こっている。エスカレーター上の歩行は危険だという理由もあれば、「エスカレーターは構造上、その上を歩くように設計されていない」といった理由もある。

ロンドンでは20世紀の初頭、しかも木製のステップだった時代から「右立ち左空け」を奨励していたのだから、それから考えれば当時より格段に技術や素材が進歩した現在、日本において「エスカレーター上で歩くと機械によくない」という説明はあまり合理性がない。加えて「歩行は危険」という指摘については、日本のエスカレーターの速度はずいぶん遅いので、英国で暮らす身からすると、「そんなに危ないのか?」と思ってしまう。

ちなみにロンドンでは、「バリアフリー完備」という駅は、列車から地上までどこにも段差がなく、かつエレベーターで結ばれていることを条件にしている。言い換えれば、エスカレーターはあくまで「階段を動かすことで人を短時間に大量に流す」ことを目的としており、交通弱者のためのバリアフリーを目的としたものではない。そう考えると高速でエスカレーターを動かす理由も納得できるわけだ。

ところがロンドンにも異説がある。「本当に右立ち左空けで人がたくさん運べているのか?」という疑問だ。実験によると、しっかり1段に2人ずつ乗せたほうが単1時間当たりの流動人数は大きいとの結果が得られたという。エスカレーターの上を歩く行為は当人にとっては時間の短縮になるが、立ち止まる場合に比べ前後の間隔が開くため、流動人数はかえって減ってしまうのだ。

実際に、バーゲンセールで賑わうロンドンのショッピングモールで、「左を空けないでどんどん乗れ!」と叫ぶガードマンの指示に従ってエスカレーターに乗ると、なるほど確かに地下鉄駅よりも大量の人が一気に運ばれているように見える。

安全と効率の問題から、果たしてどんな結論がもっとも適しているのかわからないエスカレーターの「片方空け習慣」。まずは、エスカレーターの「先進国」であるロンドンで今後どんな方向に向かうのか、事態を見守ることにしたい。

さかい もとみ 在英ジャーナリスト

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Motomi Sakai

旅行会社勤務ののち、15年間にわたる香港在住中にライター兼編集者に転向。2008年から経済・企業情報の配信サービスを行うNNAロンドンを拠点に勤務。2014年秋にフリージャーナリストに。旅に欠かせない公共交通に関するテーマや、訪日外国人観光に関するトピックに注目する一方、英国で開催された五輪やラグビーW杯での経験を生かし、日本に向けた提言等を発信している。著書に『中国人観光客 おもてなしの鉄則』(アスク出版)など。問い合わせ先は、jiujing@nifty.com

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