北朝鮮「核開発の資金源」は一体どこなのか 国連制裁の最前線で実際に起きていること
そうした力学は専門家パネルにも及んでいる。安保理で北朝鮮への制裁の旗を振るのは決まってアメリカで、他方、そこに「待った」かけるのは中国やロシアというのがお定まりの構図だが、著者によれば、この安保理内の力学同様、パネル内にも、制裁強化を妨害するための「サボタージュ工作要員」がいるというのだから驚く。たとえば著者の同僚の中国人は人民解放軍からの出向者で、中国企業が制裁違反を犯したら、その事実を徹底して隠蔽しようとするなど、何かにつけ捜査を妨害してきたという。
こうした数々の障壁と著者は粘り強く向き合ってきた。それは山頂に岩を運び上げるたびに空しく転がり落ちてしまうような作業なのだが、著者はあきらめない。時に相手を怒鳴りつけ、時に顔を立てて妥協案を提示する。この強い使命感が本書のまっすぐな背骨になっている。
北朝鮮の脅威と向き合うための法整備が遅れている
だが制裁の最前線で奮闘する著者を、まるで背中から撃つかのような事実もある。これまで日本は「安保理決議の完全履行」をたびたび加盟国に呼びかけてきた。ところが日本が北朝鮮の脅威と向き合うための法整備が遅れている国のひとつだと聞けば、誰もが耳を疑うだろう。
たとえば制裁違反の裏づけのために裁判記録を閲覧することすら困難だ。全国の検察をたらい回しにされ、検察官の恣意的な判断で文書を黒塗りにされ、コピーは許されず筆記しろと言われる。筆記した資料が国連で証拠として認められるわけがない。他の国連加盟国に比べ日本の司法分野の情報公開制度は著しく遅れているのだ。
まだある。日本に寄港する怪しい貨物は、貨物検査特別措置法に基づいて検査されるが、この法律で取り締まれる対象は、北朝鮮発か北朝鮮に向けての貨物であることが明白な場合のみだ。禁制品を密輸しようという者が正直にそんなことを明記するわけがない。著者が本書で詳らかにしているように、EUやアジアの国々を複雑に介在させて商品は北朝鮮に運ばれている。著者が日本政府に対して何度も進言したにもかかわらす、いまだこの法律は変わっていないという。
昨年秋の衆議院選挙で、安倍総理は北朝鮮の脅威拡大を「国難」と訴えて勝利した。選挙後、麻生副総理が衆院選の勝利について「明らかに北朝鮮のおかげもある」と発言したのも記憶に新しいところだ。北朝鮮の脅威は事実だし、それを「国難」と表現したってかまわない。だが選挙の煽り文句に使う前に、まず足下でやるべきことがあるのではないだろうか。
先日、著者を番組ゲストとしてお呼びする機会があり、本書がいかに面白かったか、いささか暑苦しいテンションで伝えたところ、「その言葉をあの頃の自分に聞かせてやりたい」と苦笑していたのが印象的だった。「あの頃」というのはもちろん国連制裁の最前線で孤軍奮闘していた頃のことだろう。同僚に事あるごとに捜査を妨害され、本来は力強い味方であるべき母国は国内法の整備もおぼつかないという有様。著者の孤独は想像するに余りある。
だがこれからは違う。本書を読んだ者はもう、威勢のいい言葉や美辞麗句にだまされることはないだろう。本気で「国難」と取り組む覚悟があるのか、これからは私たちが目を光らせる番である。著者の戦いの日々をけっして無駄にしてはならない。
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