第1次世界大戦も「マネーの戦い」だった

巨額の戦費をどのようにして賄ったのか?

第1次大戦における膨大な戦時需要は、これら重化学工業の発展を促進させた。それと同時に、それらの国の産業力が戦争の帰趨を決めることになった。

イギリスでは多様な公債が発行された。また、政府紙幣も発行された。

アメリカでは、連邦政府が、設立されたばかりの連邦準備制度(FRB)から借り入れを行ない、FRBが紙幣を発行した。

どの国においても、戦費の大部分は、前記第3の方法によって賄われた。通貨の発行量が増えれば、物価が上昇する。戦時中は価格統制などによって物価上昇が抑えられ、そのためインフレの影響は部分的にしか表れないことが多い。戦後になってから顕在化して、激しいインフレをもたらすことになる場合が多い。

アメリカには金が流入した。1914年末から17年末までに、金保有額はほとんど2倍になった。インフレの危険があった。

ドイツの紙幣発行残高は大きく増加した

ドイツは、戦費のほとんどを債務で賄った。政府短期証券と国債が増発され、紙幣の増発によって賄われた。このため、紙幣発行残高は、戦前の20億マルク前後から、18年3月末には120億マルクにまで増加した。

ただし、卸売物価は、17年に34%、18年に20%の増加率にとどまった。これは、小売物価が統制されていたためだ。

ドイツの紙幣増発の過程で重要な役割を果たしたのが、中央銀行であるライヒスバンクの総裁ルドルフ・フォン・ハーフェンシュタインだ。彼は、歴史上最悪のセントラルバンカーと言われる。

ニール・アーウィン『マネーの支配者』(早川書房)によると、1876年に設立されたライヒスバンクは、新興工業国ドイツが世界の舞台で頭角を現すために欠かせない道具だった。20世紀の始め頃までには、金属貨幣を徐々に減らして紙幣に移行し、近代的通貨システムを構築していた。

ハーフェンシュタインは官僚として頂点を極めた人物だった。弁護士から判事となり、プロイセンの財務省でキャリアを築いた。1908年にライヒスバンクの総裁に就任。ドイツとイギリス、フランスとの武力衝突が避けられない状況になってくると、彼は、「ドイツの戦費調達にはライヒスバンクの力が不可欠」と考えるようになった。「ドイツが必要とするものはすべて紙幣で賄う」というハーフェンシュタインの経済哲学は、戦後のドイツ経済を破綻の淵まで追いつめることになる。

文:野口悠紀雄(早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問)

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