実は由美は、最初佐伯から申し込まれた見合いを受諾するべきかどうか迷っていた。上場企業に勤めていて年収はよかったが、10歳年上、父はすでに他界し、老いた母との二人暮らし。住居が二世帯になっていた。結婚後は同居のようなものだろう。ただ自分も39歳。条件にこだわっていられる年齢ではない。「会ってみるだけ、会ってみます」最初は、そんな気持ちで見合いに臨んだ。
ところがホテルのティールームの前に立っていた彼を見つけるなり、彼女の顔が華やいだ。
私も引き合わせで同伴したのだが、現れた佐伯のダンディぶりに目を見張った。長身に仕立てのいいスーツをスラリと着こなし、写真よりもずっと若々しい男性だった。バツイチ、子どもなし。生活感を感じさせない身のこなしは、経済的に余裕がある中で、子育てをせずに独身生活を謳歌してきたからか。
見合いの後、由美は弾んだ声で電話をかけてきた。
「佐伯さん、私と出身大学が同じだったんですよ。こういうのをご縁っていうんですかね。お見合いが終わって別れ際に、『またぜひお会いしましょう。××(大学があった街)にも行ってみませんか?』とおっしゃっていただけたので、きっと交際希望がくると思います。私も交際希望でお願いします」
その後“交際”となり、デートを重ねるようになり、由美はどんどん佐伯に引かれていった。
「佐伯さんが連れて行ってくださるお店って、隠れ家的なところが多くてすごくセンスがいいんですよ」
「この間行ったレストランは、丸テーブルにイスを隣り合わせで座ったんですね。そしたら、“遠いな、もっとこっちにおいで”っていって、私のイスを自分のほうにグッと引き寄せて、さりげなく私の肩を抱いてきた。久しぶりになんだかドキッとしちゃいました。ただ、かなり女慣れしている感じなので、そこは要注意ですね」
“要注意”と言いながらも、声が弾んでいて、すでに夢中になっている様子がうかがえた。
ところが、5回のデートを終えたときに“交際終了”となったのだ。
“アメとムチ”で気持ちをワシづかみ
なぜ由美が自分に夢中なのを知りながら、佐伯は“交際終了”を出してきたのか。そして、その後にまた“交際復活”のメールを入れてきたのか。一度どん底に落とし、次に甘い言葉ですくい上げる。佐伯が意図的に“アメとムチ”を狙ったかどうかは定かではないが、ここにも作為的なものを私は感じてしまった。
そうして交際を復活させた由美は、佐伯にますます夢中になっていった。対して、交際中だった横田とは、まったく会わなくなっていった。
私はあるとき、由美に言った。
「今横田さんとは、お会いしていないんでしょう?」
「はい。でもメールのやり取りは、3日に1回くらいはしています」
「由美さんの中でもう横田さんとの結婚は考えられないなら、このまま引っ張っているのは失礼じゃないかしら。結婚相談所は、近い将来に結婚を見据えてお付き合いする場所だから、彼の時間も無駄にしてしまう。交際終了にしたら?」
「そうですよね。ただ、佐伯さんと結婚できるかどうか今はわからないし。横田さんをお断りするのは、もう少し具体的に佐伯さんとの結婚が見えてきたらでもいいですか?」
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