「たとえ4分の1の売り上げを失っても、今、パタゴニアと決別しなければ、モンベルの未来は危うい」――そう決意した辰野会長は、パタゴニアに対し、「パタゴニアの日本での販売を自分たちでやってくれないか?」と申し出ます。
最初は驚いたパタゴニア幹部も、辰野会長の真剣な思いを理解してくれました。
日本事務所の開設、スタッフの面接まで手伝い、日本国内のビジネスをすべてパタゴニアに譲渡。双方にとって「さわやかな別れ」となりました。パタゴニアとの決別で大幅な売り上げダウンが懸念されましたが、モンベルブランド単一の売り上げでパタゴニアの減少分をカバー、前年を超える業績を上げることができました。社員の頑張りと、辰野会長のモンベル・オリジナルへの思いが、すばらしい成果を生んだのです。
冒険と夢は同義語
以上、辰野会長とモンベルの歩みを駆け足で見てきましたが、ここで冒頭の対談に戻ると、辰野会長の言葉の裏側にある深い思いに気付きます。
「僕はいろいろ冒険してきましたが、では冒険って何だろう、と改めて考えると、それは“夢”と同意語だと思うんです。ビジネスもそうした夢の1つ。不遜なことを言えば、たかがビジネスです。楽しくやったらいいんですよ」
若き日のアイガー北壁登攀の夢、そしてビジネスとして登山家のためのブランド立ち上げの夢。好きなことを仕事にすれば苦にならない、と言うのです。辰野会長の著書『モンベル 7つの決断』(ヤマケイ新書)の末尾に、この言葉に呼応するような印象的な一節がありました。
「Do what you like. Like what you do.(好きなことをやりなさい。そして、やっていることを好きになりなさい)」
これは、辰野会長がアメリカの友人から教えられた言葉だそうです。デュポン、パタゴニアといった世界的大企業との取引に安住することなく、モンベルというオリジナルブランドにこだわったのも、まさにそうした考えに基づいたものだと思います。他人の思惑に左右されず、自ら信ずる登山家のための商品を作り続けること。まさにそれが辰野会長の好きなことであり、それゆえ、仕事が苦にならないのです(なお辰野会長の冒険観そして仕事観は、モンベルクラブの会報誌「OUTWARD」に連載したエッセイをまとめた『軌跡』(モンベルブックス)で、さらに詳しく語られています)。
本稿の最後に、最近のモンベルのヒット商品について触れます。2015年、モンベルは定番のレインウエア「ストームクルーザー」の8回目の刷新を行いました。防水性と透湿性を両立させつつも極限まで軽量化した商品です。初回出荷分はすぐに品切れになるほどの人気でした。
この開発にも、辰野会長の思いが込められています。「ライト&ファスト(軽くて速く)」です。少しでも軽ければ(ライト)肉体の疲労も減り、早く歩けて(ファスト)天候悪化のリスクも軽減できます。荷重を減らすためにトイレットペーパーの芯まで抜いて絶壁に挑んだ登山家・辰野勇氏の覚悟が込められたレインウエアなのです。
これだけ優れた機能を持った商品ですが、価格はほかより2~3割安く抑えられているのも特筆すべき点です。
「だって、山男はおカネがないですから。良い商品をできるだけ安く提供するのがモンベルの基本理念です」
いいものを安く。お題目ではなく、購入者のことを真に思った価格設定なのです。そのこだわりに、辰野会長の登山仲間に対する深い思いを見た気がしました。
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