松村邦洋50歳、「8カ月で30キロ減量」の舞台裏

いったい、どんなトレーニングを行ったのか

筆者もそのプロセスを交互に繰り返すことで減量したのだが、松村さんの場合は少し違ったようだ。

「最初の3カ月はトレーニングに体が慣れることを目指しました。松村さんは心肺機能がやや弱く息が上がるのが早かったことに加え既往歴もあったため、最初はギリギリまでは追い込まない重量も軽いプログラムに。慣れてきたところで、重さを増やすのではなく各セットの間を短くしていきました。そして最後のセットのみ限界に近いところまで運動を反復するようにしました」(松下氏)

たとえばベンチプレスの場合、ウエイトプレートを装着せずバーベルのバーだけでも10回上げるだけで呼吸が荒れていたという。松村さんの様子を見ながら、ベンチプレスは20~30キログラムの間に設定し、セットの間隔も60秒あるいはそれ以上取りながら各種目を3セットずつ。ゆっくり、しかし正しいフォームで筋肉に効かせるよう慎重にトレーニングを行った。

負荷の程度で言うと“20回が限界の重さ(20RM)を、20回ではなく10~15回上げる”くらいだったそうだ。もちろん、徐々に慣れてくることで重量は増やしたものの、筋肥大で効果的と言われる“10回上げるのが限界の重さ(10RM)”でトレーニングしたのは、64回のトレーニングのうち最後の10回のみだった。

言い換えれば、そのぐらいのウエイトトレーニングでも十分に減量効果を得られるということだろう。計画では減量期間の前半は毎月5キロペース、その後、4キロペースに落としながら、停滞期を挟んでゆっくり30キロに近づける予定だったが、松村さんの場合、最初の4カ月ぐらいは、ほぼ計画どおりに落ちていったという。

最初の「停滞期」は5カ月目だった

「最初の停滞期は5カ月目でした。ひと月に2回も停滞した時期があって、月間トータルで2キロぐらいしか落ちませんでした。しかしそうした時期があることは十分に説明して、やる気をなくさないようサポートしていましたので、残り1カ月の時点で体重は83キロぐらい。最後の1カ月でぴったり3キロ落ちてトータルマイナス30キロでした」(松下氏)

トレーニング内容は極端につらいものではなかったという(写真:ライザップ)

成果は着実に出ているが、幕田氏自身が言うように、そのトレーニング内容は極めてオーソドックスなうえ、トレーニングもつらさを感じさせないメニューである。

松村さん自身も「キツさを感じさせるような大変なものではありませんでした。90キロくらいから体重が落ちるスピードが遅くなり諦めかけましたが、何とかやり遂げました!」と話しており、トレーニングそのものは難なくこなせるメニューで進めていたようだ。

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