37歳「松坂世代」から見たプロ野球と松坂大輔 昭和55年会の切磋琢磨は僕を奮い立たせた
「初めて右肩に痛みを感じながら投げるような状態になってしまい、思うような球が投げられなくなった。でも、それ以上に大きかったのは気持ちの部分。自分自身は野球に対する思いは変わっていないつもりだったんですが、NPBを目指している若い子たちの取り組み方を見ていると、彼らのほうがその気持ちが強いと思った。そう感じてしまった時点で、僕の気持ちが薄れてきているんだなと気づかされたんです」
覚悟を決めた長田は西武、DeNA時代ではありえなかった行動に出る。
「NPBにいたときは後輩にアドバイスをすることはありませんでした。コツを教えて、力を伸ばしてこられた自分の出番が奪われる。そういう厳しい世界ですから。でも、引退してもいいかなと思ったのと、本当にNPBしかないという彼らの姿を見ていたら背中を押してあげたくなった。僕が持っている技術や知識を全部、伝えてきました」
「『昭和55年会』の会長は松坂にやってもらいたい」
今後は指導者として球界に携わるのか、違う道を選ぶのか。まだ決めていないというが、前だけを見続けて戦っていた場から身を引いたことで、ここまでを少し振り返りたくなったのかもしれない。同級生たちとの集まりを期待しているという。
「2012年のオフまでは『昭和55年会』で野球教室やチャリティーマッチを行っていたのですが、松坂や和田がメジャーに行ったということもあって最近やれていないんです。いつか復活できたらいいなって。実現したらみんなにどういう思いで野球をやっていたのか、どういう区切りで引退を決めたのかと聞いてみたいですね」
愚問と知りつつも、55年会の会長は誰がなるのかと聞いてみた。
「それはやっぱり松坂にやってもらわないと。ほかの世代に比べても僕らは繋がりが強いと思うんですが、それも松坂という核になる存在がいたからじゃないですかね。でも、集まるのは全員がやめてからかな。まだまだ頑張っているやつらがたくさんいますから。松坂だけじゃなく、村田も梵(英心)も(久保)康友も、(木村)昇吾もまだ所属チームが決まらないけど、できる限り頑張ってほしい」
久しぶりに気の置けない仲間が集まったとき、その中心にはあの屈託のない笑顔を浮かべる松坂がいるのだろう。だが、それはもう少し先のことであってほしい。長田は仲間たちにエールを送る。
(敬称略、文:鷲崎 文彦/スポーツライター)
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