「シビックタイプR」がバカ高くなった理由 初代の2倍以上となった車両450万円の価値
多くの人にとっては年収より高いクルマなわけだ。昔のクルマとの比較でも、消費税のことは措くとしても、1989年に発売となり、国産最速といわれた日産自動車の「スカイラインGT-R」(BNR32型)の発売当初価格は440万円台だった。その後の物価上昇を加味したとしても、5代目シビックタイプRはそれよりも高い。
「高くても仕方ないな」と思わせられることも事実
しかしながら、5代目シビックタイプRのディテールを探るにつれて、多くの点で「これは高くても仕方ないな」と思わせられることも事実だ。まずはニュルブルクリンクのラップタイム。世界の各自動車メーカーなどによる公称値を集めたウェブサイトを覗くと、7分43秒台というのは途方もない水準で、同レベルを記録しているクルマたちは軒並み最高出力500馬力以上のスーパーカーばかりだ。「わずか」320psで前輪駆動のクルマがこうしたタイムを得るために、ホンダが基本性能の向上と細部の最適化に途方もない努力を注いだことは想像に難くない。
「わずか320馬力」と述べたが、少し前にあるメーカーのシャシー開発エンジニアが語った言葉を引用させてもらうと、「前輪駆動車で制御できるのは250馬力が限界」なのだそうだ。基本に立ち戻ると、自動車というのは、加速すれば荷重が後方に移動し、前輪は接地しにくく空回りしやすくなる。これを抑えるためサスペンションを硬くすれば、こんどはコーナーで十分な接地性が得られなくなるという具合だ。
5代目シビックタイプRは、絶対的なグリップを高めるため、前後のタイヤはフェラーリ458のフロントと同サイズ(245/30ZR20)にサイズアップした。幅広で断面が薄い大径タイヤは直線の加減速に有利ないっぽう、カーブで車体が傾いたときのグリップの変化が大きいため扱いにくいのが一般的な傾向だ。
そこで、前:デュアルアクシス・ストラット、後:マルチリンクという凝った構造のサスペンションをおごり、ダンパーには電子制御の減衰力可変機構を設け、サスペンションが大きくストロークしても路面に対するタイヤの接地面積が減らないよう努めた。
2世代前のシビックタイプRユーロから搭載されているスピン防止装置「VSA」、そしてその発展機能であるところの「アジャイルハンドリングアシスト」にも触れておきたい。これらは4輪それぞれのブレーキを独立制御することで、限界的な状況でも車両がスピンすることを防ぎ、コーナリング性能を高めてくれるシステムだ。
かつてこうした電子デバイスはドライバーによるコントロールを邪魔するものとして、純粋なスポーツカーでは不要とみられていた。しかし現在では人間技よりも素早く確実に、かつ、左右のブレーキを独立制御することなどドライバーにはできないから、いまではプロドライバーでも積極利用したほうが速く走れるというほど完成度が高まっている。
そういうわけで、昔なら経験を積むために何台かクラッシュさせて犠牲にしなければサーキットで速くは走れなかったものが、限界まで性能を引き出してもいまのタイプRはそうそうスピンすることはないし、不注意による事故を防げるという意味でも相当安全になっており、結局オーナーが車両に費やすコストは抑えられるともいえる。
最後に付け加えれば、従来型の中古車市場を見てみると、シビックタイプRは大事に走らせれば売りに出すときもかなり高い下取り価格を期待できることがわかる。以上のことを考慮するに、このFF世界最速車が500万円前後で手に入ることは妥当と思える一方で、そろそろスカイラインの冠を外した日産「GT-R」と同様、その名に与えられた「シビック」という枕詞を捨て去る時期が近づいているのではないか、とも考えられる。
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