習い事を追加することこそがストレスの原因じゃないか、と思いつつも、それを顔に出してはいけない。
「そ、それで、いくらくらいかかるの」
「ふつう、1時間数千エンってところかな」
僕は、「い、いいんじゃない」と詰まりぎみに言った。家計は赤字になるかもしれない。でも、貯金を少々取り崩す程度で済むだろう。貯金が尽きるまでに売れる本を書けばいいのだ。
考えてみれば料理もアロマテラピーも、よりおいしいものを食べさせたいとか、ストレスを減らしてあげたいとか、スランプに苦しむ僕に対する優しさからなのかもしれない。その優しさを無下にしてはいけない、と僕は思った、のだけれども――
わが家の家計は遠くない将来破綻する
さらに1カ月後、夕食の食卓で妻が言った。
「あのね、習い事をもう1つやろうと思って」
「え、え、また?」
勘弁してくれよ、ということばが頭に浮かんだが、口に出すのはぐっとこらえた。
「なにを習いたいの」
「カービング」
「カ、カ、カ、カービング?」声が裏返ってしまった。「なんなの、それ」。
「彫刻ね。野菜とかフルーツとかせっけんとかをナイフでお花とかの形に削るのよ」
「そのカービングとやらは、いくらかかるの?」と、僕はおそるおそる訊いた。
「そうねぇ。1時間あたり数千エンってところでしょう。あっ、材料費は別ね」
僕は頭のなかで計算した。3つの習い事をそれぞれ週1回2時間ずつ通うとし、1時間あたり2000エンだとすれば月に約5万エン。それに材料費が加わる。
そんな状態が続けば、わが家の家計は遠くない将来破綻する。
僕は否の意を婉曲に言うことばを探した。
ところが妻は「ごちそうさま」といいながら食器を持って立ち上がり、キッチンへ消えてしまった。
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