「底辺芸人」が唯一無二の役目を見つけるまで コラアゲンはいごうまんの"巡業人生"

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そんなときに出会ったのが、ワハハ本舗の創立者であり、演出家の喰始(たべはじめ)さんだった。大学時代から放送作家として活動し、数々のヒット番組を手掛けてきた喰さん。彼がコラアゲンのネタを見て下した評価は、ほかの事務所と大差ないものだった。しかし、続いて口にした一言は、コラアゲンの積み上げてきたすべてを真っ向否定するものだった。

「笑わせようとするから面白くないんだよ。笑わせようとしなかったらめっちゃ面白いよ、君の不幸な人生は。今まで舞台でスベりまくってきたでしょ、それはネタになる。元相方が売れたっていうのもネタ。ネタを作る才能がないっていうのもネタ。それを踏まえて、笑わそうとせずに、自分の思ったことをそのまましゃべりなさい」

コラアゲンは当時をこう振り返る。

相田みつを美術館での話がまさかの大爆笑に(撮影:今井康一)

「天動説から地動説を唱えられるくらいの衝撃があったわけですよ。M-1で勝ち上がろうと思ったら、15秒に1回笑いを入れないといけない。笑いを作れ、っていうのが必須条件なのに、まったく真逆を教えられるわけです。僕は売れていないけど、吉本のすごい先輩や同期を見てきたし、やってきた方法論としては絶対に間違っていない。そこを否定されるのは違うだろうと、最初はずっと言い合いでした」

納得はいかなかったが、コラアゲンは喰さんの提案を一度だけ受け入れてみることに。ここまで本音でぶつかってくれる人はほかにいなかったからだ。そして、好きだった相田みつを美術館に行き、そこでの体験をライブで話したところ、観客から予想外の反応が返ってきた。

「大爆笑だったんです。僕が追い詰められていたのもあるから、『つまづいたっていいじゃないか にんげんだもの』って言葉がしみて、泣いてしまうわけですよ。お土産のカレンダーも買って、感動した言葉を紹介していっただけなのに。喰さんからも、初めて君の人間が見えたって言われました」

ノンフィクション漫談が誕生した瞬間だった。それから喰さんは、お題として「宗教」「刺青」「幽霊」「裁判」などさまざまな指示を出していった。地べたをはうように生きてきた、30過ぎの売れない芸人。その男がなりふり構わずに飛び込み、取材をしたときに、何か化学反応が起こるはず。それをそのまま話せばいい、というのが喰さんの狙いだった。

実際にライブでは、自作のネタを披露していたこれまでとは、まったく違う反応の連続だった。

「自分が考えたネタのほうが、クオリティは高いはずなんです。けれどノンフィクション漫談は、笑いの深さが違うと感じました。ネタが『ハハハ』という笑いだったら、ノンフィクションでは、お客さんが腹の底からえぐられるように笑ってくれるんです」

テレビ向きではない芸風をむしろ活かす

こうしてコラアゲンの芸風が確立した。ただ欠点は、ネタの時間が長いこと。当時、「エンタの神様」「爆笑レッドカーペット」といった、短時間でネタを披露する番組が主流。1ネタに30分以上かかることもザラのコラアゲンは、テレビ向きではなかった。

事務所主催のライブに出演するだけでは、とても生活していけない。どうしようかと考えていたときに、静岡県焼津市の方がコラアゲンを気に入り、もっと焼津でライブをしてほしいと、飲食店や民家でイベントを組んでくれた。思ったより利益も出た。そのやり方を全国展開すればいいのではと、日本各地をドサ周りするスタイルが生まれた。交通費は、ライブ後に会場でカンパを募って充当していった。

最初は観客や支援者も少なかったが、全国ツアーを何周かするうちに、「うちでもやってほしい」とオファーが増えていった。実はこれらは、喰さんの読みどおりだった。ノンフィクション漫談という芸について、喰さんはコラアゲンにこう言ったことがあった。

「観客が20人いたら、1人だけかもしれないけど、必ずファンができるのがこの芸です。それは単に笑うだけではない。人の心のひだにまとわりつき、共感を呼んで、生きる糧にもなる。ダメな人がもっとダメな人間を見て、生きる希望を与えられる唯一無二の芸だから、誇りを持ってドサ回りしてきなさい」

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