運転のプロが職場に「デリヘル」を選んだ必然 「デリヘルドライバーはスピードが命」
そんな性格のいい、優しく気遣いのできる女性と二人きり、車という狭い空間にいて恋愛感情を抱くことはないのだろうか? それを聞くと楠田は、「そういうこと聞くかねえ」と苦笑しながらも話してくれた。
切れ者の元大学の准教授が店長の店から、2、3軒後に働いたデリヘルでのことだ。20歳の女の子だった。そこは暇な店だったが、それでも人気のある娘だった。他の店に行けばもっと稼げるのに、と楠田は口には出さず思っていた。放っておけない雰囲気があった。風俗嬢にしては服が地味で少々野暮ったく、無理して休まず出勤しているように見えた。明るい娘だったが、時々ふと、暗い表情になった。ある日何気なく聞いてみると、親の借金を返すために働いていると答えた。
「だって客のところに届けるのが俺なわけじゃない?」
「本当かどうかはわからないよ」と楠田は言う。風俗嬢にはさまざまな事情を抱えている娘が多い。つかなくてもいい嘘もつく。
「ただ、借金の額が500万って言ったんだ。それが妙にリアルな数字でさ、数千万とか言われたらまったく別世界の出来事だし、100万だったら俺にも何とかなるかなって考えたと思う。でも500万円っていうのが、何とも手が届きそうで届かない感じでさ、気がつくと好きになってたんだな」
女の子を好きになっちゃうと、辛くないですか? と聞いてみた。「辛かったよね。柄にもなく切なかった。だって客のところに届けるのが俺なわけじゃない? 客に何されるんだろう、あの娘、今ごろどんなことされてるんだろうって。この娘はどんどん汚れていくんだ、俺はそれに加担してるんだなってね」
一方、彼女の気持ちはどうだったのか?「ドライバーに俺を指名するようになったんだ。俺じゃなきゃ嫌だって。いちばん売れてる娘だからさ、店長も彼女にヘソ曲げられちゃ困ると思ったんだろうね、以降、俺が専属みたいになった」。ところがある日ちょっとした出来事が起きる。いつものように出勤するその娘を駅前で待っていると、突然他のドライバーから携帯に電話があった。
「店長から言われたんですが、楠田さんは今日お休みにしてほしいそうです。僕が代わりに担当しますから」と。どういうことだ?と思っていたところに彼女が現れた。「どうしたの?」と聞くので、「よくわかんないんだけど、今日、俺休みになっちゃった」と答えると、「じゃあ、私も休む」と言う。そして二人は食事をして、カラオケに行った。
楽しい一日だった。彼女はカラオケで大塚愛を歌った。楠田が大塚愛のファンだったからだ。歌は上手ではなかったけれど、一生懸命、何曲も歌ってくれた。しかし、「それがよくなかったみたいだ」と楠田は語る。彼は、翌日店長から首を言い渡された。彼女とはそれ以来会っていない。携帯の番号は聞いていたが、電話することもなかった。
「やっぱり、500万円っていうのが効いたな」と楠田は回想する。「俺にカネがあれば」と思った。「だからその後、デリヘルドライバー辞めて、しばらくトラックの運転手に戻ったんだ。金持ちになってやろうと思ったし、その娘のこと考えてるのも辛かったからね。ムチャクチャ仕事してやろうって、昼と夜、別の運送会社に所属して働いたよ。まあ、結局こうしてデリヘルドライバーに戻っちゃったけどね」
楠田一真は現在、新宿に事務所を持つ、女の子が5、6人だけの小さなデリヘルで働いている。ドライバーは彼ひとり。政府はアベノミクスの効果を高らかに謳うが、景気は悪くなる一方だという。最盛期1万5000円だった日給は、1万円にまで下がった。しかも以前はガソリン代店持ちだったのが、今や自腹だ。楠田は最後に、「デリヘルドライバーをやるのは、この店が最後だろうな」と呟いた。
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