運転のプロが職場に「デリヘル」を選んだ必然

「デリヘルドライバーはスピードが命」

しかし現在のデリヘルの主流は、その対極に位置する。つまり風俗業界もまた格差社会なのだ。デフレスパイラルがしきりに言われるようになった2010年代から、デリヘルは急速にダンピングが進む。

元祖激安ヘルスと呼ばれ、業界最大手でもある「サンキューグループ」などは、その名の通り「30分3900円」という低料金を掲げている。価格の安い店が増えると、自由になるおカネが少ない大学生や、独身サラリーマンなどが自宅に嬢を呼ぶようになった。そうすればホテル代もかからない。

デリヘルは基本的に「本番行為」は禁止だが、逆に言えば「セックス以外ならOK」でもある。気に入った娘ができてリピートすれば、まるで彼女が自宅に遊びにきてくれるような感覚を味わえるわけだ。このようにデリヘルはカジュアル化し、都市の隅々にまで広がった。これによってデリヘルドライバーという存在が、ますます求められるようになったわけだ。

運転には誰よりも自信とプライドを持っていた

そんな時代の流れを身近で眺め肌で感じてきたのが、今回紹介する楠田一真(40歳・仮名)だろう。彼は運転のプロだった。10トン以上のトラックに乗れる大型免許に、観光バスも運転できる大型二種も所有している。運転には誰よりも自信とプライドを持っていた。取材で顔を合わせたとき、開口一番「デリヘルドライバーはスピードが命だから」と言った。拙著『デリヘルドライバー』に登場する9人の中では、最もデリヘルドライバーらしいデリヘルドライバーとも言えた。

東京近郊の中流家庭で育った楠田は、メカ好きで鉄道マニアだったこともあり、高校卒業後、電車の運転手を目指して鉄道会社を数社受ける。しかしちょうどバブル崩壊直後の就職氷河期に当たったこともありすべて失敗。トラベルビジネス科の専門学校に進学し、卒業後は不動産販売会社に就職するも、やがて学生時代に取得した旅行業務取扱管理者の資格をもとに、観光バス添乗員の派遣会社に入った。

そこで巨大な大型バスを操る運転手を目の当たりにし、「俺はやっぱり運転がやりたいんだ」と気づいたという。そして今度は大型トラックのドライバーを目指した。好きこそものの上手なれというが、彼には運転の才能があったようだ。大型免許は運転試験場で一発合格した。

大型トラックというのは免許があっても、経験が浅いとなかなか雇ってもらえないそうだが、楠田は宅配便系のドライバーから始め、やがて念願の10トンを超える大型車を扱う運転手となる。ただ、彼は不動産業界にも希望を残していた。ドライバーは肉体的に厳しい。歳をとってからも続けられる仕事も欲しかった。そこで運転手をやりながら通信教育で宅地建物取引士(不動産取引法務の国家資格)を取得する。

ところがときは2004年頃、世の中の景気は壊滅的に下降していた。宅建士資格を持っていても就職は難しかった。いや、宅建士には宅建手当というものが支払われるため、雇う側の出費も増えるので敬遠されることすらあったという。やがて楠田は就職活動に疲れ切ってしまう。一生懸命履歴書を書き、何社にも送ったものの返事が来るのは一社あればいい方。スーツを着込み、面接を受けても採用されるかどうかはわからない。

そんなある日、何気なくスポーツ新聞『東京スポーツ』の求人欄に「デリヘルドライバー急募」の広告を見つける。「そんな仕事があるのか?」と思った。好きな運転でカネがもらえる、トラック運転手より圧倒的に楽そうだ。しかも「日給12000円」とギャラもいい。何よりデリヘルドライバーは面接にさえ行けば「即採用」だ。

こうして楠田のデリヘルドライバー稼業が始まる。最初の店は、出稼ぎの韓国人女性が働くいわゆる韓国デリヘル(通称・韓デリ)だった。経営者の中年女性も韓国人で、働く嬢の中にはビザが切れて不法滞在状態の娘もいた。だからドライバーがドア・トゥ・ドアで送り迎えする必要があったのだ。

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