桶狭間の戦い「信長、5つの勝因」は何だったか 奇襲はウソ?「最新の日本史」を紹介

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【理由5】敵を分散させ、一点に集中して攻め込んだ

今川軍は、別の織田方の軍に引き寄せられて、ほかの前線での攻撃や防衛部隊、そして義元の本隊など、複数の離れた場所に「分散して配置」されていました。

その結果、このとき桶狭間にいた義元の本隊は5000ほどだったともいわれ、信長の本隊との兵力の差はそれほど大きなものではなかったのです。

限られた兵力の信長には、この状況の到来こそが千載一遇の好機でした。

ただし、これは単なる幸運ではなく、信長が綿密な情報収集を行い、こうした今川軍の状況を逃すことなく把握した結果、もたらされた好機でした。

この好機を逃さず、攻撃対象を義元の本隊ひとつに絞ると、一気に集中攻撃をかけることで、織田勢は今川義元を討ち取ったのでした。

日本史は「進化」している

信長の代表的エピソードの1つとして、従来語られてきた桶狭間の戦いでのドラマチックな展開は、近年では「フィクション」として否定されています。

そのため、今後、この合戦をテーマにしたドラマ等の映像作品は、大きくシナリオを変更する必要に迫られることになると思われます。

今回、取り上げた「桶狭間の戦い」に限らず、ここ数十年で日本史の解釈は「大きく変化」を遂げています。

「新たな歴史的史料の発見」に加えて、「当時の記録(1次史料)の解読・研究」の著しい成果により、日本史の「常識」が大きく変化、進化しています。

そのため、歴史の教科書の記述も、かつて「私たちが学校で習った内容」とはかなり異なる部分も増えています。

ぜひ「最新の日本史」を学び直し、その変容ぶりを実感しつつ、「歴史の教養」をいっきに身に付けてください。

山岸 良二 歴史家・昭和女子大学講師・東邦大学付属東邦中高等学校非常勤講師

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やまぎし りょうじ / Ryoji Yamagishi

昭和女子大学講師、東邦大学付属東邦中高等学校非常勤講師、習志野市文化財審議会会長。1951年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院修士課程修了。専門は日本考古学。日本考古学協会全国理事を長年、務める。NHKラジオ「教養日本史・原始編」、NHKテレビ「週刊ブックレビュー」、日本テレビ「世界一受けたい授業」出演や全国での講演等で考古学の啓蒙に努め、近年は地元習志野市に縁の「日本騎兵の父・秋山好古大将」関係の講演も多い。『新版 入門者のための考古学教室』『日本考古学の現在』(共に、同成社)、『日曜日の考古学』(東京堂出版)、『古代史の謎はどこまで解けたのか』(PHP新書)など多数の著書がある。

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