日本人が知らない「カズオ・イシグロ」の素顔 英国ではどう評価されているのか
デニウス事務局長は、イシグロ氏は「過去を理解しようとすることに大いなる関心を抱いている。過去を取り戻そうとしているわけではないが、個人として、あるいは社会として生きていくために、まず何を忘れるべきかを探す道を追求している」と批評。これにならえば、『日の名残り』の執事は小旅行を終え、「何を忘れるべきか」をしっかりと見ることができた。そこで、今後は心機一転で生きていこうと決心する。
アカデミーはまた、イシグロ氏の作品にいつも現れるテーマとして「記憶、歴史、自己欺瞞」を挙げている。
一方、イシグロ氏の出版社フェイバー&フェイバー社スティーブン・ページ氏はイシグロ氏を「ほかにああいう作家はいない」と評する。同氏は「情緒に訴えかける力と知的な好奇心とを兼ね備えており、このためにたくさんの読者ができる。スイスイと読めないこともあるが、情緒に訴えかける力を持っているから、読者の心に共鳴を起こすのだと思う」。
最近のイシグロ氏の小説は幻想的な世界に突入している。『わたしを離さないで』はイングランドをディストピア風に描き、『忘れられた巨人』では、「暗黒時代」が舞台となっており、アカデミーによれば、「記憶が忘却とつながり、歴史が現在に、幻想が実際の世界に関連してゆく」物語だ。『わたしを離さないで』は英国内外で「傑作」と言われているが、『忘れられた巨人』は評価が分かれている。
国際的な読者に向けて書く素地あった
英メディアの一連の報道を見ていると、イシグロ氏が日本生まれであること、初期の小説で日本あるいは日本人を扱っているという指摘はあるものの、その文学性と「日本」あるいは「日本人」とを特に紐付けしているわけではない。日本生まれではあるけれど、あくまで「英国人の作家」がノーベル文学賞を受賞した、という認識である。特に、昨年はミュージシャンへの異例の授与だったことで、「これで平時に戻った」と評価された。
フィナンシャル・タイムズのロリエン・カイト記者は、子ども時代のイシグロ氏が「いつかは日本に帰るだろう」と思いながら生活をしていた事に注目する。これが、「小説家に必要とされる、現実からの乖離の修行になったのではなないか」。
また、日本で生まれ、英国では日本人の両親の下で育ったという自分の出自と小説とを過度に結び付けられることをイシグロ氏は嫌がっていたというものの、実際にはこうした背景があったからこそ、当初から国際的な読者に向けて書くようになったのではないか、と指摘する。
かつて、イシグロ氏はこう言った。「英国内では関心を引くと思われる事柄が、自分にとっては適しないと思いながら、小説を書いてきた」。英国外にもアピールするトピックを自然に選び取ったイシグロ氏の判断は、英語圏の文学では地方気質を避けたがるノーベル文学賞にとっては正しかったのではないか、とカイト記者は書いている。
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら