金正恩の「狂人っぷり」は一体どこまで本物か 実は挑発が一線を越えないようにしている?

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理性を逸したような挑発の裏にも、冷静な計算がうかがえる。ワシントンを火の海にすると明言したり、その妄想をCGで表す映像を公表したりと、表現は極めて乱暴。しかし、行動自体は安全を考慮しているようにも見える。

最近のミサイル発射でも、2回とも日本の上空に飛ばしているとはいえ、軌道は津軽海峡の上。つまり人口密度の低いコースを選び、事故と、事故による偶発的な衝突を避けている。関東や関西の上空を通る軌道に比べ、挑発度も低い。同様に飛距離からは、米軍基地があるグアムが射程に入るというメッセージを伝えながら、グアムの方向にはミサイルを飛ばしていない。つまり攻撃的な建前の奥には、戦争を避けたいという合理的な本音が隠されているようだ。

なぜ狂人の演技を?

それはそうだ。実際に戦争になったら、北朝鮮が生き残る見込みはない。クレディ・スイスの軍事力ランキングによると、韓国の軍事力は世界で7位。日本は4位、アメリカは断トツの1位だ。一方、北朝鮮はトップ20にも入らない。どの「敵国」と戦っても勝ち目はない。ましてや核戦争になったら、敵国に被害を与えることはできても、自国が地図から消される結果になるだろう。

でも、核を持たないと政権がアメリカに打倒されるであろうことは、リビアのカダフィ政権やイラクのフセイン政権の前例からも明白だ。北朝鮮はそれを理解し、執拗に核・ミサイル開発を続けながら、挑発が一線を越えないようにしている。この判断はやはり正常者の証しだ。

では、正常者がなんで狂人の演技をするのか?

金正恩は他国にいかなる圧力をかけられても、核弾頭搭載のICBM(大陸間弾道ミサイル)が完成するまでは、とりあえず逃げ切ろうとしている。その飛び級的な軍事力さえあれば、アメリカと勢力の均衡が得られる。そうすれば安全保障上の脅威がなくなり、北朝鮮はおとなしくなるだろう――よくこう分析される。

しかしそれは、現在の度を超えた言動の説明にはならない。例えば、北朝鮮がアメリカあてのICBM開発だと強調しなかったら、ある程度放っておいてもらえるはずだ。発射や実験の頻度を減らし、賢くタイミングを計れば国際社会は一枚岩にならず、強力な経済制裁の体制が整わないだろう。また融和路線とみせかけ、対話を求めるふりをして時間を稼ぐこともできる。こうした手を使い分けながら核・ミサイル開発を続ければ、国民によりよい生活をさせ、戦争のリスクを減らせると思われる。

つまり狂人の演技をする必要はない。逆に、狂人の演技をしているからこそ偶発的な戦争が起こりうるし、アメリカの堪忍袋の緒が切れる可能性もある。本当に体制を維持したいなら、今の作戦は危険過ぎる。特に、挑発相手の大統領も狂人ぶっているこの時代に。

では、もう一度問う。同じ効果がより安全に得られるやり方があるのに、なぜ自殺願望者のように振る舞うのか?

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