トランプ通商政策の迷走があまりに酷すぎる 2カ国間自由貿易交渉ができればいいが…

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一方、中国についてはどうか。トランプ大統領は4月、鉄鋼とアルミに関する調査を指示しているほか、7月21日には、米国内の製造業や防衛産業の基盤強化を目的とした実態調査を求める大統領令に署名をした。

4月の調査によって、通商拡大法232条による基づいて「国家安全保障上の脅威になる」と判断されれば、製鉄の輸入制限が導入される可能性があり、中国やそのほかの国の製鉄業者は大きな打撃を受けることになる。しかし、先述のとおり、トランプ大統領はウォールストリートジャーナル紙に対して、今すぐ輸入制限には踏み切らないことを明らかにしている。

日本政府はどう対応しているのか

そもそも中国は、米国の10倍に上る鉄鋼を生産しているものの、米国の防衛企業のほとんどは外国産の製鉄をほぼ使っていない。つまり、鉄鋼の輸入が、米国の国家安全保障の脅威になっているという主張は、今となっては疑問の余地があるということだ。

トランプ政権によるあいまいなメッセージに、日本政府もやや戸惑っている。これまでのところ、貿易に関しトランプ大統領が行った最も目立った措置はTPPからの撤退だが、これにより東アジアに政治的空白が残され、中国がその空白を埋めようと急いでいる。

日本政府当局者、中でも経済産業省は、中国がその影響力を制限なく拡大させることを黙ってみているわけにはいかないと異議を唱えている。こうした中、米国と高規格な2カ国間の自由貿易協定(FTA)の交渉を積極的に提案することに賛同しているが、この2カ国協定は後からほかのアジア諸国を招き入れることが可能なものである。つまり、TPPを復活させる裏口的なアプローチであることを意味している。

ただし、日本政府は物事を性急に進めようとはしていない。むしろ、トランプ政権がその立場をより穏便にさせ、貿易交渉において日本にとってより良い結果を導けるような環境をつくり出せるまで、情勢を注意深く見守っているというスタンスのようだ。

2カ国間交渉開始をめぐっては懸念もある。FTA交渉の議題だ。米議会の多くの議員が、TPP交渉における自動車や農業水産物に関する日本の妥協は単に出発点にすぎず、さらなる妥協が期待できると主張しているのだ。これに対して日本政府は、TPP交渉での妥協案は最終的なもので、米政府のさらなる要求には応じるつもりはないと、強く反論している。

強硬なのか軟化なのか――当面、米国にかかわる国は、トランプ政権によるあいまいなメッセージに振り回されそうだ。

ピーター・エニス 東洋経済 特約記者(在ニューヨーク)

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Peter Ennis

1987年から東洋経済の特約記者として、おもに日米関係、安全保障に関する記事を執筆。現在、ニューズレター「Dispatch Japan」を発行している

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