老舗大企業ほど苦手なイノベーションの本質 モノとサービスを総合的に見る視点が必要だ

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プロダクト・サービス・システムへの注目度の高さがうかがえます。要するに、課題を細切れにして焦点を絞り、製品性能を改善したり、何らかの問題を解決したりする手立てはあるものの、「全体を新しい視点で捉える手法」がこれまで不足していた、と解釈できます。複数の観点と視野の広さはどうしても必要なのです。

意味のイノベーションは深さを求める

最後に、「意味のイノベーション」でカギとなることに触れておきましょう。このイノベーションは、「深さ」を大事にするという哲学的な側面があります。かつて「人生をどう生きるか?」は思春期の青臭い悩みで、大人になれば自然に消滅する課題でした。「結婚は何歳でして、子どもをいつ、何人持つか」というのがテーマでした。

しかしながら、そうした規定の路線が崩れつつある現在、中高年になっても人生の意味を問うようになり、結婚も「そもそも結婚すべきか?」という問いの対象になってきました。こうしたテーマに対して、たとえばポーランドの家具メーカーであるヴォックス社では、高齢者の自宅の寝室をティーンエージャーの自室のように「ソーシャル化」して、親戚・友人が集まりやすくなるようにしました。このように、人々が期待もしていなかったような「プレゼント」をするのが、意味のイノベーションの真髄です。

ユーザー調査をして「ユーザーが欲しがるもの」を開発している限り、彼らの期待以上のものは出てきません。それでは「意外性」の領域に入り込めないのです。そして「意外性」とは、必ずしも「ユーザーの裏をかく」ことではありません。というのも、自分たちの人生に求められる普遍的な要素は、いつも満たされているとは限らないからです。また、あるときにはポジティブだったことが、次のときにはネガティブになることもあります。

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つまり、いまの世の中の状況・文脈で欠けた部分(しかも、人々が欠けているとも気づかない部分)を見つけ出して「プレゼントする」ことなのです。電気の明かりに満たされ、停電であってもスマートフォンのアプリで懐中電灯が調達できる世界にあって、「ぬくもり」を求めてロウソク市場が成長しているのは、まさしくこうした背景によります。

過去、「哲学的な問いがビジネスに役立つの?」「教養なんてビジネスではお荷物」と暗に思われてきた時代が長く続いてきました。「量産を効率よくこなす生産性」がメインだった時代は、それに反論する術を持たなかったというのが正直なところです。しかし、生産性の課題が「価値を生み出して長期的な利益をどう確保するか」に移ってきたいま、これまでのツケがまわってきたといえます。

もちろん、ここでお話ししているのは「ビジネスのための哲学や教養」ではありません。そうではなくて、これらを軽視するビジネスは、いま、ビジネスとして難しい立場にたたされつつある、ということなのです。

安西 洋之 モバイルクルーズ代表取締役 De-Tales Ltd. ディレクター

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あんざい ひろゆき / Hiroyuki Anzai

東京とミラノを拠点とした「ビジネス+文化」のデザイナー。欧州とアジアの企業間提携の提案、商品企画や販売戦略等に多数参画してきた。デザイン分野との関わりも深い。2017年、ロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』(日経BP社)を監修して以降、「意味のイノベーション」のエヴァンジェリストとして活動する中で、現在はソーシャルイノベーションの観点からラグジュアリーの新しい意味を探索中。またデザイン文化についてもリサーチ中である。著書に『メイド・イン・イタリーはなぜ強いのか』(晶文社)など。訳書にエツィオ・マンズィーニ『日々の政治』(BNN)がある。

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