マイケル・ルイスがPost-Truthに斬り込んだ

行動経済学を生んだ2人の天才の物語

類似しているからといって安心する「代表性ヒューリスティック」、手近なものや見慣れたものを無条件で信じる「利用可能性ヒューリスティック」、インプットのパターンに一貫性があると、理屈抜きで予測に自信満々となる妥当性の錯覚、初期値に推計値が左右されることに気づかない「アンカリング」、遮眼帯をかけて見たくないものを見ない「確証バイアス」……などが次々と摘出された。これらのフィルターでPost-Truthは説明できる。

「計算された逆転」の裏には、人心操縦の黒幕がいる

だが、直感と合理のキメラは、ネット社会では疑似ニュースとビッグデータの合体という怪物を生んだ。それがブレグジットやトランプの「計算された逆転」の正体なのだ。現にEU離脱運動組織とトランプ選対には「ケンブリッジ・アナリティカ(CA)」という人心操縦の黒幕企業がいたことが、スイス誌や英紙ガーディアンの調査報道で暴露された。スポンサーは謎の米ヘッジファンド「ルネッサンス・テクノロジー」の共同CEOで超保守派の知られざる富豪である。彼が極右ニュースサイトを丸抱えして、「陰謀説の教祖」をホワイトハウスの首席戦略官に送りこんだ。Post-Truthはこの怪物が吐く目眩ましのビームと言っていい。

だが、その原点となったイスラエル人コンビは「プロスペクト理論」を結実させた実質10年間しか続かなかった。2人とも米国の大学に移ったが、評価はトヴェルスキーに偏り、脇役になったカーネマンは屈託した。それが悪性黒色腫によるトヴェルスキー59歳の死で終止符を打ち、彼の没後6年でカーネマンはノーベル経済学賞に輝いた。

『ファスト&スロー』ではファスト思考(システム1)とスロー思考(システム2)に架空の人格を与え、直感的な前者を「ヒューマン」、合理的な後者を「エコン」(Economyからの造語)と呼んでいる。脳内の心的葛藤をわかりやすく擬人化したのだが、ルイスの描写は1歩進めてヒューマン役にカーネマン、エコン役にトヴェルスキーをあてているかに見える。目に浮かぶのは2人が1室に閉じこもって談笑している場面だ。合理と非合理の境を行き来しながら練り上げた共同革命。アカデミアを超えて社会に巨大なインパクトをもたらしたのは、天才2人の友情と相克だった。これは単なる科学の裏話ではない。小さな「エウレカ」(発見)が巨大なレゾナンス(共鳴)と化していく奇跡劇である。

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