年収200万円、32歳男性を苦しめる「官製貧困」 「生活困窮者自立支援制度」相談支援員の悩み

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職場の共用パソコンで調べ物をしていたときに誤って開いたファイルの中に、自身の雇用主である受託事業者が自治体に提出した見積書を見つけたのだ。そこには、1人当たりの人件費が年間約350万円、賞与2カ月との趣旨の記載があった。事業者は、実際にソウタさんらに支払っている年収よりも150万円近く高い金額で自治体と契約を交わしていたことになる。

しかし、ソウタさんはこのことを告発するつもりはないという。なぜなら、もし不正と判断された場合、事業者は契約更新ができなくなり、自分は失業してしまう。不当な低賃金に泣き寝入りするか、失業覚悟で告発するか――。そんな究極の選択の末の決断だった。

仕事には「ノルマ」もある

仕事には「ノルマ」もあるという。厚生労働省は、新規相談受付件数の目安を人口10万人当たり月24件としており、自治体からは支援員自らが要支援者を発掘して新規相談につなげるよう、ハッパをかけられるのだ。

「窓口で訪問を待つだけでなく、例えば、引きこもり家庭への訪問や、公園のホームレスとの関係づくりなどを積極的にやってほしいと言われます。自治体にしてみると、年収350万円分の仕事をしてくれ、ということなんだと思います。人手不足の問題もありますが、生活保護水準の待遇では、正直、そこまでの要求に応えるだけのモチベーションは保てません」

貧困の現場を歩いて感じることのひとつは、ハローワークの窓口や自治体の生活保護課などで、相談業務に携わる人々の待遇の劣悪さである。ハローワーク相談員の大半は1年ごとの契約を繰り返す非正規職員でたびたび雇用の調整弁にされてきたし、一部の自治体は生活保護のケースワーカー(CW)に人件費の安い任期付き職員や臨時職員を導入、行政の中でも過酷な業務を非正規公務員に押し付けようとしている。

私には、市民と直接向き合う、専門性の高い大切な仕事が、ないがしろにされているようにもみえる。鳴り物入りで始まった生活困窮者自立支援制度だが、肝心の人材の待遇を生活保護水準に置き去りにしたまま、期待した効果を得られると、国や自治体は本当に思っているのか。

話をソウタさんに戻す。

待遇への不満が尽きないソウタさんだが、仕事で手を抜くことはない。中でもいったんかかわった相談者への情熱の傾け方は、こちらが少し心配になるほどである。

窓口にやって来るのは、借金を抱えた人やメンタルを患っている人、家賃滞納者、DV被害者、障害者、外国人、刑務所を出所したばかりの人などさまざま。このため、連携先も自治体の福祉部門やハローワーク、不動産会社、医療機関、入国管理局、矯正施設、民間シェルターと多岐にわたる。専門知識よりは、経験と臨機応変な対応が求められるといい、自分のスマートフォンを使い、相談者と一緒に何か使える制度がないか、長時間にわたって探すこともある。職場はWi-Fi環境にないため、携帯電話は月末には決まって通信制限がかかってしまう。

また、ソウタさんは相談者の何人かと「LINE」でも連絡を取り合っている。眠れないという深夜の相談から、冷凍食品の賞味期限まで、さまざまな悩みや質問に、時に丁寧に、時に親密に答えを返している。ごくまれに家計に余裕があるとき、若い相談者を自宅に招き、食事をふるまうこともあるという。

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