トランプ大統領が練る司法妨害捜査の反撃策 ミュラー特別検察官との対決が始まった

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トランプ氏は、オバマ氏のレジェンドをことごとく潰しにかかっている。「パリ協定」はその1つにすぎない。オバマ政権が緩和したキューバへの制裁措置を、このほど一部復活させる方向で検討していることを発表したのも、オバマ・レジェンド潰しの一環だ。

オバマ氏を最大のライバル視しているトランプ氏にとって、どうしてもまねできないことがある。オバマ氏は法律大学院を首席で卒業した天才的法律家だ。法律の知識でオバマ氏の右に出る者はそうはいない。

オバマ氏とトランプ氏との違いがはっきりしたのは、2人がコミー前FBI長官と会った回数だ。オバマ氏は大統領時代の8年間に、コミー氏とは2度しか会っていない。それも1度は大統領最後の別れのあいさつだったという。その事実は6月8日の上院公聴会でのコミー証言で明らかにされた。議場がざわついたほど、オバマ氏とコミー氏との直接会話の少なさには驚かされた。

それはいったい何を意味するのか。オバマ氏はコミー氏には最初から用心し、距離を置いていたことを物語る。コミー氏の前任のFBI長官はミュラー氏だが、オバマ氏はミュラー氏にFBI長官の仕事を2年長くやってくれないかと頼んでいる。後任のコミー氏との接触をなるべく避けたかったからだとさえ思われる。

これに対してトランプ氏は、コミー氏と何度も直接会い、複数回電話で話をしている。いわゆる「ロシアゲート」の捜査が始まってからは、トランプ氏自身が捜査対象となっているかどうかについて3回も問いただし、その都度、「捜査対象とはなっていない」という返答を引き出している。オバマ氏に比べて、あまりに無用心ということになる。

トランプ氏の事情聴取かコミー氏の逮捕か

ホワイトハウスには「ディナイアビリティ」という独特の法的対処法がある。ディナイアビリティとは、英和辞典的には「政府高官の関係拒否権」と訳されるだろう。その意味するところは、大統領が直接タッチしたり、判断したりせずに、責任を回避する煙幕のような対応の仕方。いわば、君子危うきに近寄らず、ともいうべきリスク回避の法的対処法である。

オバマ氏がコミー氏に近づかなかったのは、まさに大統領としてトランプ大統領のようなリスクを冒さないという対処法だったと言っていい。天才法律家のオバマ氏はホワイトハウスの誰にも教わらなくとも、その極意をわきまえていた。

トランプ氏にはその対処法のわきまえがなかった。前任のオバマ氏からもそのノウハウの引き継ぎはなかった。いや、それは引き継がれるたぐいのものではない。個人的なノウハウとして、周辺のスタッフからアドバイスされてしかるべきものだ。トランプ氏の取り巻きにはそういうアドバイスをできるスタッフがいなかったということだ。

もう1つ問題なのは、一部の共和党議員が主張するように、ミュラー特別検察官とコミー前FBI長官との距離関係があまりに近いことだ。ミュラー氏はFBIでコミー氏の長年の上司であり、政界への疑惑捜査では、2人で連携して追及してきた。捜査に政治的圧力がかかると判断すれば、2人同時に辞めると言って、お互いを守り合ってきた仲間だ。

アメリカの法律家の世界は、ギルド社会さながらに職人気質が強い。上司は部下を連れて一緒に辞表をたたきつけるというように、親分子分の絆が固い。

その子分のコミー氏は、目下、トランプ大統領の個人弁護士から国家機密漏洩容疑で告発されている。もしコミー氏が機密漏洩容疑で逮捕されるような方向になれば、親分のミュラー氏はどう出るか。トランプ大統領の司法妨害容疑を徹底的に追及するため、大統領の直接事情聴取に打って出るかもしれない。

ミュラー特別検察官の捜査がどう進むか予断を許さない。大統領の事情聴取に打って出ることになるのか、それともコミー氏の機密漏洩容疑による逮捕への展開が風雲急を告げるのか。今後、トランプ氏の事情聴取かコミー氏の逮捕か、その競い合いが見物である。

湯浅 卓 米国弁護士

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ゆあさ たかし / Takashi Yuasa

米国弁護士(ニューヨーク州、ワシントンD.C.)の資格を持つ。東大法学部卒業後、UCLA、コロンビア、ハーバードの各ロースクールに学ぶ。ロックフェラーセンターの三菱地所への売却案件(1989年)では、ロックフェラーグループのアドバイザーの中軸として活躍した。映画評論家、学術分野での寄付普及などでも活躍。桃山学院大学客員教授。

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