中川:さらにデジタル化によって、広告代理店の残業はより激化しています。彼女も電通のデジタル部門にいたわけです。これまで主力だった、テレビや新聞、雑誌の広告枠は伝統的に腹芸ができて、あうんの呼吸で媒体社とやり取りができました。しかしデジタル局は、相手がグーグルだったりする。アルゴリズムに基づいて広告を買っているわけだから、自分じゃ何もできないし、人情もない。そんな中で、デジタル広告代理店がどんどん強くなっていき、新入社員を慌ててデジタル部門に入れ、まだ能力もないのに働かせすぎたのではないか。
デジタルの問題は修正がきくことです。紙や新聞広告は、入稿して印刷所に持っていき、輪転機が回ったらおしまいなんです。ですがデジタルは、「ちょっと直してほしい」といきなりクライアントの思いつきで電話がきても直すことが可能です。そうなると、労働時間がどんどん増えていきます。その根底にあるのが、お客様第一主義の結果だと考えています。
僕は、会社に入って5年目に、アマゾン日本上陸の際に行われた記者会見を担当しました。16日間のうちに家に帰れたのは4回で合計5時間。なぜならアメリカの始業時間に合わせて英語の書類のチェックをしなければいけないからです。ゆとりある働き方もなにもないんです。「なんでまだ資料がないんですか」とガンガン電話がくる。
広告代理店の人間からすると、三六協定なんて「ケッ」といったものなんです。そして忘れてはいけないのは、広告代理店は自分が直接手を動かさない案が多く、下請けを巻き込んでいます。実際にいちばん疲弊しているのは発注を受けている下請けです。
お客様は何を言ってもいいという意味ではない
常見:重要な論点が2つあると感じました。
1つ目に「お客様は神様だ」思想ともいえるもの。「お客様は神様です」という言葉は非常に誤解されていて、三波春夫さん本人がホームページで釈明しています(三波春夫オフィシャルサイト:「お客様は神様です」について)。もともとは「歌う時に私は、あたかも神前で祈るときのように、雑念を払って澄み切った心にならなければ完璧な藝(げい)をお見せすることはできない」という意味なんですね。
お客様は何を言ってもいいという意味ではない。しかし、「お客様は神様だ」につけ込んで起こっているのは過剰なサービスの連鎖です。本来ならば人を救ってくれるはずのデジタル化が、このような思想と結び付くことで、現場が疲弊しているのかもしれません。
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