EU、選挙リスクよりECBのジレンマが深刻に 理事会は分裂へ、迫る政策遂行の行き詰まり

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重要なことは、プラスのGDPギャップ拡大に伴ってドイツの賃金・物価が一段と騰勢を強めてきた場合、ECBは金融引き締めを決断できるかである。もしくはそれが決断できず、周縁国の減速に配慮して緩和を継続するのだろうか。前者ならば周縁国がデフレ圧力に苦しみ、後者ならばドイツにおけるバブル発生と崩壊というシナリオが予見される。

ECBに打つ手なし、対立は先鋭化

こうした状況に対し、ECBが提示できる万能の処方箋はない。本来、一強状態にあるドイツが身銭を切って(拡張財政によって)、域内全体の浮揚を図ることが期待されるが、どうやらそのつもりは相変わらずなさそうである。ECBはドイツか周縁国か、どちらかの意に反する政策を取らなければならない。しかし、理事会の意思決定はあくまで多数決だ。数で勝る周縁国を追い詰めるような引き締めには限度があると考えるのが自然だろう。結局、ドイツは葛藤を覚えつつも不本意な景気過熱を見過ごすしかあるまい。かかる状況下、バイトマン総裁やショイブレ財務相そしてメルケル首相の言動は今後、一段と先鋭化してくると考えられる。

「金融政策が共通で、財政政策がバラバラという状況では景気の制御が難しくなる」という懸念は単一通貨導入当初からあった伝統的な懸念である。こうした懸念は「ユーロ導入によって、景気循環も収斂してくる」という楽観論で糊塗されてきたが(ドラギ総裁は今もそのような主張をすることがある)、いよいよ覆い隠し続けることは難しくなってきそうである。

フランス大統領選を無難に乗り切って安堵感が広がっているが、景気格差の拡大によってECBが今後直面しそうな「古くて新しい」問題こそEUの抱える非常に危険で構造的な危機と考えられる。
 

唐鎌 大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

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からかま・だいすけ / Daisuke Karakama

2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)。

※東洋経済オンラインのコラムはあくまでも筆者の見解であり、所属組織とは無関係です。

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