「円の先高観」がまったく消えない本当の理由 「不純な利上げ」では「ドル買い」にはなりにくい

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たとえば、①に関し、カシュカリ総裁は「重要なことは、われわれは+2%を天井(ceiling)ではなく目標(target)だと述べてきたということだ。ゆえに仮に+2%を上回るもしくは下回っている状況のときは、等しく問題視しなければならない」と述べている。これは、前年比+2%到達を「天井」であるかのように見なし引き締めを検討している政策運営への批判である。

具体的には過去12カ月平均でFRBが参照とするPCEコア(個人消費支出)デフレータは前年比+1.7%であり「目標」には到達していないのだから、本来的には緩和を続けなければならないとの主張である。

実際、PCEコアデフレータは金融危機以降、1度も+2%を安定的に超えるような動きになっておらず、現時点でタカ派色を強めることは、確かに+2%を天井と見なしているかのようである。さらにカシュカリ総裁は「過去5年間、FOMCのスタッフ経済見通し(the Summary of Economic Projections、以下SEP)における中期的なインフレ見通しは100%楽観的すぎた」と述べ、FRBの見通し精度にも苦言を呈している。そうした実績に乏しい予測を基に本来は「目標」であるべき+2%を「天井」のように扱い、利上げを決断するのは確かに危うい。極めて真っ当な主張である。

まずは1ドル100円~105円へ円高が進む

物価同様、雇用も責務(雇用最大化)を達成していないとカシュカリ総裁は述べる。具体的には、頻繁に喧伝される完全雇用状況について疑義を呈している。確かに失業率(最新3月分で4.5%)は金融危機前の水準に回帰しており、危機後の傷が癒えたようにも見える。

だが、職探しをあきらめて労働力人口から除外された層や不本意にパートタイムで働いている層を失業者としてカウントする「広義失業率」(通称U-6失業率)は最新3月分について8.9%であり、これは金融危機前に比べて0.5ポイント以上高い。この分、米国の労働市場にスラック(緩み)が存在する可能性は否めず、また、だからこそ、雇用増加にもかかわらず、物価や賃金に際立った上昇が見られていないと指摘されている。これも的を射た指摘と言わざるをえない。

さらにカシュカリ総裁は2012年のSEPではFRBが完全雇用と考える長期失業率が5.6%と見なされていたが、実際はそれよりもさらに改善が進んだという事実も指摘しており、「仮に5.6%でFRBが勝利宣言していたら、さらに多くの労働者が犠牲になった」と述べ、ここでも当時のFOMCにとっては耳の痛い批判を展開している。

以上で紹介したカシュカリ総裁のエッセーは特に奇をてらったものではなく、「経済的な正しさ」を念頭に置いたごく自然な論点で構成されている。筆者は同総裁の経済分析におおむね同意であり、今はまだ利上げの時ではないと考えているし、おそらく年内のFOMCはそうした意見に傾斜し、ドル相場も軟化してくると予想している。

要するに、トランプ大統領が左右する通貨政策はもとより、金融政策もどちらかといえばドル高を支持しない方向へポリシーミックスが修正されてくる可能性が高いように思われる(前掲表でいえば①のポリシー)。このような認識のもと、ドル円相場でいえば、大統領選挙前のレンジであり、PPPからも違和感も小さく、本邦輸出企業の採算レートにも近い「100~105円」のレンジが引き続き日米両国にとっての落とし所になってくるのではないかと考えている。そのうえで、為替政策報告書において示唆される100円割れの世界も、警戒するだけの価値はあるというのが筆者の基本認識である。

唐鎌 大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

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からかま・だいすけ / Daisuke Karakama

2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)。

※東洋経済オンラインのコラムはあくまでも筆者の見解であり、所属組織とは無関係です。

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