失ったのに強い!熊本の被災農家は前向きだ なすびのおかげでギアチェンジができた

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嶋村さんと筆者

「野菜さんたちも生きる権利がある。自分ばかりが被災してると思ったら大間違い。なすびさんも被災してるから助けてあげないと」と、嶋村さんは、震災後は1カ月ほど車中泊をしながら収穫を続け、今日まで1日も休んだことはない。「幸いハウスは無事だったから、これは仕事してよかですよ、ということなんです」。

震災から1年経った今、心の変化について尋ねた。すると「また目標ができました。家を立てなきゃいかんという目標。子どもたちが帰ってくる場所を確保してやりたい」と言うのだ。

「120歳まで生きられるなら、まだだいぶあるな。まだ半分。100歳くらいで、なすびさんとお仕事できたらよかですな。なすびさんの横で倒れて死ぬのが最高。なすびさん全員が見守ってやんなさる。すごかことですよ」と話す嶋村さんの笑顔は、愛情と責任感に溢れていた。そんな嶋村さんに育てられた“なすびさん”は、生でも食べられるほど水々しく、フルーツのように甘かった。

「終わったことは巻き戻しせんほうがいい」

別れ際に、嶋村さんは「強がりに思われるかもしれんけど、終わったことは巻き戻しせんほうがいい。そんなの聞く方もきつい。弱る話はせん方がいい。急に切り替えはできんけど、ギアチェンジをどこかでせんと。前に自分で進まんと。僕の場合は、なすびさんのおかげでギアチェンジできた」と話してくれた。

翌日、嶋村さんが参加する勉強会に同席させてもらった。6年前に発足した50人程の団体「土の魔術師たち」が開催する熊本の農業を考える勉強会だ。この日は会社経営者である森下惟一さん(50)が講師として、訪れたばかりのフランスの国際農業見本市や商談の話、世界基準に遅れをとる日本の食についてなどを話し、意見交換が活発に行われていた。同団体が見据えているのは、東京オリンピックや世界市場だった。後ろを向いている暇はない。そんな気概を感じずにはいられなかった。

そして、震災の経験と各々の専門性を生かした視点から、今後起きうる震災に活かせることはないだろうかと知恵を絞りあう姿も見られた。

震災で自宅が半壊した森下さんも嶋村さん同様、仕事を1日も休まなかったという。「被災地以外の経済は動いているから、業務をこなさなくてはならなかった。家族の無事さえ確認できれば、家はめちゃめちゃでも、自分が求められるところに走った人は、いっぱいいたと思う。会社が被災を免れていれば、走り続けなければいけなかった」。

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