この春、紀尾井ホール(東京都千代田区)のレジデントオーケストラ「紀尾井シンフォニエッタ東京」が、「紀尾井ホール室内管弦楽団」へと改称。首席指揮者には、ウィーン・フィルのコンサートマスターで指揮者としても活躍している名匠ライナー・ホーネックが就任し、新機軸とする「求心力」と「発信力」を表現したロゴマークとともに新たなシーズンを迎える。
この紀尾井ホールが誕生したのは今から22年前の1995年。この年がどんな年だったのかと思って調べてみると、「阪神・淡路大震災」や「地下鉄サリン事件」が起きた大変な年にあたる。明るい話題としては野茂英雄投手のメジャーリーグ挑戦などがあり、とかく記憶に残る出来事の多い年だったようだ。
ホールに企業名をつけなかった
その年の4月2日、四ツ谷と赤坂見附の中間に位置するホテルニューオータニ正面の丘の上に誕生した紀尾井ホールは、新日本製鐵株式会社(現新日鐵住金株式会社)の創立20周年記念事業として建設されたもので、800席のクラシック専用ホールと250席の邦楽専用ホールを持つ複合施設。ホール名にあえて企業名をつけず、地名にちなんだ「紀尾井ホール」としたあたりに企業の美学が垣間見える。
施設の中心をなすクラシック専用ホールの音響はすばらしく、雰囲気や立地のよさとも相まって日本屈指の稼働率を誇る人気ホールとして多くのクラシックファンに愛される存在だ。ホール誕生と同時に発足したレジデントオーケストラ「紀尾井シンフォニエッタ東京」は、100人規模の一般的なオーケストラの半分程度、約50人規模の室内オーケストラで、まさに紀尾井ホールにピッタリの室内アンサンブル。“交響曲よりも小さくて軽い”という意味のイタリア語「シンフォニエッタ」という名称も今でこそ一般的になりつつあるが、当時はとても新鮮に響いたことが思い出される。
ではなぜ「紀尾井シンフォニエッタ東京」というすてきな名前を捨てて、「紀尾井ホール室内管弦楽団」という失礼ながら”ごく普通”の名前に変えるのだろうか。
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