英国EU離脱で最も影響を受ける国はどこか EU離脱通告後の英ポンドは買えるのか

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筆者はそうした見方に同意しかねるが、確かに物価尺度から見たポンド相場について、ようやく「底」が見え始めているようには見える。

たとえば、ポンド/ドル相場に関し、購買力平価(PPP、生産者物価指数を用いた2000年第1四半期基準)を見ると、3月時点で1.44程度であり、本稿執筆時点の実勢相場(1.25程度)はPPPに対してマイナス15%程度の下方乖離(過小評価)という水準観にある。

図表に示すように、PPP対比で約マイナス20%の下方乖離が1つの下値メドとなってきた歴史的経緯を踏まえれば、1.15程度までの下落は警戒したいところだが、昨年来続いてきた底割れ相場に終点が見え始めたと考えることもできる。

しょせん、為替相場にフェアバリューはないのだから、以上のようなMPCやPPPの現状を踏まえ、離脱通告を「アク抜け」とし、対ドルでのポンド買い戻しを模索する向きが今後少しずつ増えてきても不思議ではない。

だが、依然としてそれはまだ危険な「賭け」に思われる。英国の実体経済の帰趨(きすう)を握る包括的な自由貿易協定である「新たな関係」について、EU側から譲歩する意思や道理はまったくない。むしろ、EUからすれば二度と同じようなまねをする国が現れないように英国を「見せしめ」にしたいという思いが強いはずである。メイ首相を筆頭とする離脱肯定派がしばしば口にしてきた「オーダーメードで良いところ取り」のような協定にはまずならないだろう。単一市場のメリットを受けられる国はEUにコストを払った国だけである。そこに例外はありえない。

ポンドを買う理由は「売られすぎたから」くらい

「新たな関係」がどのようなものになるにせよ、英国の財・サービス輸出入の半分を占めるEU向けについて今後は関税が発生するようになり、金融機関を筆頭に一定数の雇用が国外流出するという展開は不可避である。

EU離脱派が言うように、欧州委員会から課せられたEU規制・指令を撤去することが、それらの悪影響をハネ返すほど大きいのかどうかは現状ではまだわからない。だが、多くの予測機関の見通しにおいて、離脱しなかった場合の基本シナリオと比べて、離脱した場合のシナリオのほうが下振れるとの見方が支配的になっていることを真摯に受け止めておきたいところである。

まだ、一度も発動されたことがないリスボン条約第50条が経済・金融面にもたらす影響に関しては「何がわからないかもわからない」という側面が相当に大きいが、英国の経済・金融環境が大きく改善していく絵はどうしても思い浮かばない。こうした状況でポンドを買う理由は今のところ「売られすぎたから」くらいであり、ごく短期的な反発を狙う向き以外には推奨しかねるというのが筆者の現在の相場観である。

唐鎌 大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

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からかま・だいすけ / Daisuke Karakama

2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)。

※東洋経済オンラインのコラムはあくまでも筆者の見解であり、所属組織とは無関係です。

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