“鶴の一声”で前進、排出権取引の実現へ…環境省、経済産業省が妥協したウラ
原単位にこだわる経産省と経団連
一方、経産省は「ポスト京都」の方向性としては自主行動計画の公的枠組みへの移行を打ち出している。これまでは目標未達でもペナルティはなかった。今回の案では、業界団体の決めたベンチマークを利用し、企業に原単位ベースの改善を義務づける。目標に対する過不足は排出枠の取引で調整する形だ。あくまでキャップの導入は避け、原単位での改善にこだわるところがミソだ。
経産省の「地球温暖化対応のための経済的手法研究会」で座長を務める茅陽一・地球環境産業技術研究所長は「鉄鋼とか電力は、原単位ベースの目標がいい。そのうえで総量の規制については国がコントロールを考えるべき。企業がはたしてそういったターゲットをどのくらい受け入れるかも問題なので、試行をしてみるのはいいことだ」と言う。
だが、環境NGO・気候ネットワークの浅岡美恵代表は「自主行動計画ベースの日本型取引制度を導入させようとしている。秋から実験を開始するというのは、キャップではなく原単位での改善でよしとする枠組みを既成事実化するためだ」と反発する。
「原単位での改善は技術革新に依存するものだが、実際の排出量削減には今、普及している技術しか寄与が期待できない。技術に依存せず削減を進める仕組みが排出権取引なのに、その意味が失われる」(浅岡氏)。
一方の産業界には、キャップを政府が決めるシステムに強い拒否感がある。「全盛期の大蔵省にMOF担が張り付いていたように、足しげく環境省に通うMOE担が不可欠になる」(電力関係者)。キャップの導入は割り当てを行う官庁に絶大な権限を生じさせ、ロビーイングが横行するだろうというのだ。
「限界削減コストが等しくなるようなキャップを行政がかけられるのか。EUでは訴訟が相次いだが、紛争をどう解決するのか」と日本経団連の岩間芳仁・産業第三本部長は懸念する。EU−ETSスタート時には、各業界の事情を聞いているうちに排出枠の総量が拡大してしまった。
また、最近、勢いを増しているのがマネーゲームに巻き込まれるとの批判だ。本来、排出権の価格はエネルギー情勢によって動かされる。たとえば原油価格が上がれば、石炭火力発電が増えることでCO2の排出が増加する可能性がある。すると、電力会社のCO2排出が割り当て分を超えているのではないかとの思惑から、排出権価格は上昇する。下図にある排出権の価格推移の【1】の時期がちょうどそうした局面だ。
その後、制度設計の不備から排出権価格は乱高下することになったが、これは特殊要因と見ることができる。今、懸念されているのは、原油市場を攪乱したように、投機資金が相場を暴騰させるのではないかということだ。そうなればキャップを背負う企業への打撃は大きい。