「不幸の連鎖」を断つ、ある夫婦の対等な結婚 20年付き合ったパトロンと別れ、46歳で結婚

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当時、涼子さんは37歳。その当時も付き合い続けていたパトロンとは、自身は結婚を考えなかった。いわゆる「略奪婚」をするつもりはまったくなかったのだ。ただし、涼子さんは別の意味での不満が高まっていた。

「彼にとっての私はいつまでも年下の従順な女の子。でも、30代後半にもなれば自我が芽生えて当然ですよね。『私だって考えがあるんだぞ。何でもかんでも頭ごなしに言われたくない』という気持ちが強くなっていきました」

パトロンと距離を置き、新たな仕事を模索していた時期にボランティア活動で知り合った男性がいる。現在の夫であり、出版社の編集者だった省吾さん(仮名)だ。最初に好きになったのは自分のほうだったと省吾さんは明かす。

男性が最後に選ぶ女性は…

「前から涼子さんのことを気にはなっていたんです。顔が好みなので……。でも、ちゃんと好きになったのは出版社を辞めて起業に失敗して、彼女に相談に乗ってもらってからのことです。私は田舎の長男なので妹気質の年下女性と付き合ったりもしましたが、本当は頭が良くて生きていく知恵もある、彼女のような自立した女性が好きだったんですね」

涼子さんも省吾さんと一緒にいると心地の良さを覚えた。20年近く付き合っていたパトロンは世の中を教えてくれた恩人だった。父親と恋人を兼ねたような存在だったのかもしれない。彼から巣立つ日がようやく来たのだ。

「省吾さんはちゃんと私の話を聞いてくれます。対等な会話ができるんです。同じものを見て、同じように笑える。男の人と付き合ってもこうやって力が抜けるんだな、と初めて感じました」

涼子さんと省吾さんが交際を始めたのは今から9年前。涼子さんは40歳、省吾さんは31歳。涼子さんは父親による家庭内暴力に遭っていた子ども時代に「結婚なんて一生しちゃいけない。一人で生きていこう」と決意していた。なお、涼子さんの父母はすでに他界している。一方の省吾さんも「家庭は仕事の邪魔」という考え方の持ち主だった。「お気楽」な同棲は6年間に及んだ。

2人の結婚を後押ししたのは省吾さんの母親だ。当初は「省吾が幸せならば構わない」という姿勢で、涼子さんも含めた温泉旅行などを楽しんでいた。省吾さんによれば、母親と涼子さんは気性が似ている。

「がむしゃらに働き、逆境にも凛とした姿勢で立ち向かい、ネチネチするのが大嫌いな女性です。男性が最後に選ぶ女性はどこかで母親と似ているのかもしれません」

そんな母親は涼子さんが天涯孤独の境遇にあることを知り、「このままでは涼子ちゃんが1人でかわいそうだ」と省吾さんを諭すようになった。ローン返済中のマンションは涼子さんの所有ではあるが、当然ながら省吾さんもおカネを出している。どちらかが亡くなった場合に遺産問題が生じかねないという現実もあった。結婚の話が進むと、涼子さんが省吾さんの母親を思いやる番が回ってきた。

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