世界「最凶」の毒を持っている生物は何か? その毒を自ら体験した科学者たちがいる

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注射は2週間に1度。毎回、6~8種類の異なるヘビの毒を、自分の静脈に流し込む。このスタイルが確立するまでには紆余曲折あり、注射を始めたころは慣れないためにさまざまな「事故」を経験したという。腕が風船のように膨れあがったり、病院に担ぎこまれて生死の境をさまよったこともあった。今でも、彼の腕には組織が壊死してできた穴がいくつもあいている。

スティーブはいったい何のために、そんな常識はずれな実験をつづけているのか?

激痛の末、彼はなんとか生き延びた

猛毒のガラガラヘビにかまれると、患部はただれ、やがて壊死してしまう(写真:クリスティー・ウィルコックス)

それは、毒と免疫の関係を解き明かすためだ。たとえば、ヘビの毒を注射されたウマは、体内の免疫システムによって毒に対する抗体を作り上げる。それが、人間の命を救う抗毒素となるのだ。

また、毒ヘビを食べる哺乳類は48種も知られている。それでは、人間の免疫系も、毒に耐えうるほどの力を持っているのだろうか。また、その免疫力は毒を摂取することで鍛えられるのだろうか――。スティーブはこうした謎に、自らの体で挑みつづけているのだ。

彼は偶然マツゲハブにかまれたとき、自分の免疫が本当に鍛えられたのかを確かめるため、抗毒素を使わず、あえてそのままにしておいたという。「誰かが大型ハンマーをぼくの指にたたきつけているようだった。そんな感じが8時間もずっと続いたんだ」。その激痛の末、彼はなんとか生き延びた。

また、人が見ている前で、致死量の毒を腕に注射したこともあった。だが、それでも死ぬことはなかった。こうした数々の事実から、いまスティーブは多くの研究者たちの注目を集めている。彼の血液には「人間由来の抗毒素」をつくるためのヒントがあるのではないか、と。

『毒々生物の奇妙な進化』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします) 

先述のとおり抗毒素は、動物(たとえばウマ)の免疫系を「生きた製造工場」として利用することで生み出される。だが、動物の血液中にある抗体をいくら丁寧に抽出しても、その動物由来の不必要なタンパク質(ジャンク)が混ざりこんでしまう。それゆえ、抗毒素による治療には「命が救われる代わりに重い副作用に襲われる」といったリスクが存在するのだ。

だが、不純物のない「人間由来の抗毒素」が手に入れば、そうした悩みからは解放される。それは、多くの研究者たちが探し求めている夢なのだ。そこでコペンハーゲン大学は、スティーブの血液をもとに、5年がかりの研究プロジェクトを立ち上げた。

そう。進化した毒は、夢の薬へとつながっているのである。

坪井 真ノ介 文藝春秋 国際局
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