昭和少年のバイブル「鉄道大百科」誕生秘話

「ケイブンシャ」名編集長との出会いが決め手

前置きが長くなりましたが、このときが、私がこれまでに出会ったなかでも名編集長といってはばからない酒井征勇さんとの出会いでした。当時の勁文社は本当に小さい出版社で講談社出身の社長が「何か世間が驚くような本づくりをしたい」という熱意をもっておられましたが、スタートはソノシートを専門に出版している会社でした。編集部は誰もが若く生き生きとしていたことが思い出されます。

中村さんと酒井さんと私で近くの喫茶店で企画の打ち合わせがはじまりました。中村さんは私のことを盛んに売り込んでくれます。「『漫画アクション』で連載して一気に百万部に乗せた功労者」とか、「とにかくバイタリティあふれたカメラマン」とか。それに対して酒井さんは冷ややかに「でもねぇ、鉄道なんてヤマのもんともウミのもんともわからないし……」と、消極的でした。

当時、勁文社ではすでに大百科を数冊刊行していました。『怪獣大百科』とか『ウルトラマン大百科』『プロ野球大百科』とか。そこに鉄道が入り込んでくるのですから酒井さんも神経質になったのでしょう。今思えば彼は少し、気が小さく神経質な面をもっていて、これが原因で後に何度か彼と衝突することもありました。

編集部からゴーサイン

第1弾『世界の鉄道 機関車・電車大百科』は大ヒットした(写真:筆者提供)

中村さんは「『中一時代』でSLを掲載したら、多くの読者から反響があった」とさらに企画を売り込みました。この「反響」に酒井さんの表情が変わりました。やはり子どもたちの反応が大百科のすべてという酒井さんの気持ちが揺らいで「そうだね、とりあえず企画会議にかけてみよう」ということになりました。

編集部、営業でのSLの反応は思った以上にあったようです。すでにSLブームという言葉はほとんどの人が知っていましたから、営業としては「この辺りでブームに乗り……」なんて営業方針があったのかもしれません。

後日、酒井さんと中村さんが渋谷の私の住まいを訪れて、企画が決まってヤルことになったと言いました。次に原稿料などの交渉に入りました。私にとってこの企画は初めて手掛ける本で、そのあたりのギャラの交渉は未知数でした。

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