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23歳女性が「美容師の夢」を捨てISと戦う理由 「私はいつでも死ぬ覚悟ができています」

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  • 林 典子 フォトジャーナリスト
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アショールさんはシンガルでの思い出をこう振り返る。「子どもの頃は車が珍しく、車が走っているのを見つけると、友達と一目散に駆け寄って乗り込もうとしていたのを覚えています。また、当時はサッカーボールがなかったので、洋服の布でボールを作って近所の友達と蹴って遊んでいました。

1975年10月、サダム・フセインの強制移住政策によりカナソール村に移住することになりました。当時のカナソール村は建物も何にもない場所だったので、一から村を作ったのです。1978年に赤いドレスを着た妻と自宅で結婚式を挙げました。その後、家族と農園で働きながら、質素ではありましたが幸せに暮らしていたんです。トマト、キュウリ、玉ねぎなどの野菜、ザクロやベリーなどの果物を育て、羊や鶏も飼育しました。シンガルでの暮らしが私のすべてでした」。

アショールさんとバーフィさんが暮らしていた農場の家は、空爆で破壊されていまや跡形もない(写真:筆者)

かつての住居は、空爆によって全壊

取材を通じて、かつてアショールさんとバーフィさんが働いていた農場を訪れる機会があったが、思い出の家は完全に破壊されていた。ここに家族が暮らしながら、羊の世話をし、野菜や果物を育てていたことなどまったく想像できなかった。

1日の取材が終わり、ハサンの家族が暮らす民家に帰ると、「今日の取材はどうだった?」と、必ずアショールさんにこう聞かれた。 彼は私に、毎日ヤズディの宗教や子ども時代の思い出などを詳しく聞かせてくれた。ある日、アショールさんは、2009年にシンガル山北麓のカナソール村で開かれたハサンの結婚式を撮影したDVDを見せてくれた。そこでは、厚化粧をした村の女性たちやスーツを着た男性たちが手を取り合って、自宅前の通りで独特なステップに乗りながら「シンガルダンス」を踊っていた。

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【美容師になりたいとは、全く思わない】

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