世界の大富豪が唸る「名執事」のサービス哲学 コンビニと出版社の勤務経験が基礎になった

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――クビ寸前から、どのようにして這い上がっていったのでしょうか。

新井様:私の性格は「張り切るより割り切る」で、不思議とめげることはありませんでした。とにかく右も左もわからなかったので、まずはまわりの先輩社員の仕事振りを盗みました。また、会社も米国式の科学的な営業手法を取り入れていましたので、それを徹底的に学びました。しかし、それだけでは何も変わりませんでした。

お客様の心を掴み、受注につなげていくにはどうすれば良いか。ああでもない、こうでもないと試行錯誤しているうちに、昔アルバイトでやっていたことを思い出しました。アルバイトでの喜び、達成感が得られていないのは、いただくことばかり考えて、「目の前にいる人を喜ばせる」ことができていないからではないか……。

それに気がついてからは、昔と同じように、目の前にいるお客様の声に耳を傾け、しっかりと向き合うようになりました。お客様がわからないことがあれば勉強会を開いたり、先方の社内事情を伺って、動きやすくなるように部署間の調整を取り持ったりと、「貢献」を一番に考え動くようになりました。そうすると、それまで見えてこなかったお客様の細かな困りごと、課題が見えてくるようになりました。その課題を解決することで徐々にお客様からの信頼へと繋がり、1年と半年もの間お客様ゼロだった私は、おつりが来るほどの大きな受注を得ることが出来ました。

良い人間関係にも恵まれ、仕事も順調に進んでいったのですが、今度は別の物足りなさを感じていました。ビジネス上の関係ですので、相手の部署が変われば、どうしても疎遠になってしまいます。貢献することで喜びを得られることを実感した私は、もっと踏み込んだお手伝いが出来れば、それが末永く続くものであればどんな大きな喜びが待っているのだろう、と考えるようになりました。

大富豪の無茶振りに隠されたサービスの極意

新井氏:「貢献すること自体を仕事にしたい」そう考え続けていたある日、滞在先のホテルで、今の執事のサービスに近い体験をしました。滞在すること自体が楽しくなるような細かな気配りが心地よく、とても印象深いものでした。このとき、はじめて執事(バトラー)という存在を知りました。

「この仕事に私の経験を盛り込めば、理想のサービスを届けることができる!」と運命的なものを感じ、本格的なサービス業の経験はありませんでしたが、何かに突き動かされるように会社を辞め、勢いで今のサービスを立ち上げました。2008年、1月のことでした。

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