「一人旅歓迎」の温泉宿はなぜ増えているのか 一部の旅館が気づいた、意外と多いメリット

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一方、「地動説型」は「自分が宿の個性に合わせる」旅人である。旅慣れた人にはこの地動説型旅人が多いように思える。郷に入れば郷に従い、その地の習慣やその宿のやり方になじもうとすることで、自らも楽しんでしまう旅のスタイルだ。

そして、一人旅の場合は「地動説の旅人」が多いように感じる。気を遣う者がいないことで、自然とそうなるのかもしれない。そのため、このことに気づいた旅館はあえて一人旅を取ろうとするのだ。

マーケティング的にも、オフシーズンや平日にどのように対応するかで旅館は3種類に分かれる。そのうちの1つが「一人旅受け入れ派」だ。

宿泊売り上げは、「平均宿泊単価」×「一室当たり平均宿泊人数」×「平均客室稼働率」の3つの要素の掛け算で表される。この積を「Rev.PAR(レブパー:Revenue Per Available Room)」という。Rev.PARに総室数と年間営業日数を掛ければ年間宿泊売り上げになる。週末やオンシーズン(下表の「週末」欄)は、Rev.PARは高位で安定する。

しかし、オフシーズンや平日には、需要が弱まり、Rev.PARは下がる。その際、どの要素を犠牲にするかで旅館の対応が分かれるのだ。

1つ目のタイプは、「特に何もせず、客室稼働率が下がる旅館」(表のA)。2つ目のタイプは「単価を下げて、客室稼働率を維持する旅館」(表のB)。3つ目のタイプが、「一人旅を受けることで一室当たり平均宿泊人数は下がるが、割増料金で単価を上げ、合せて客室稼働率も維持する」旅館だ(表のC)。

このうち、AとBのタイプが比較的多かった。しかし、たとえ結果的にRev.PARは同じであっても、 客室稼働率を維持するほうが、雇用も安定し、生産性を維持できる。さらに、単価を下げるとずるずると下がり続けるおそれもあり、それよりは一人旅を受け入れるCタイプが実は理に適っており、こうした宿が増えつつあるのだ。

オフシーズンや平日には3種類の対策がある。そのうち1つが一人旅の受け入れ

一人旅を受け入れる宿が増加している最大の原因は…

旅館がこの点に気づいた背景には、旅館の人手不足がある。実はこれが最大の原因。人手不足で多くの客数を扱えなくなっているのだ。また、和室がどんどん洋室化しているが、畳の部屋にベッドを入れる旅館が増えているのも、布団敷きの要員が恒常的に足りないためだ。

もちろん、まだ一人旅受入れに積極的ではない宿も少なくないのも確かだ。特に、曜日や季節を通じて客室稼働率が高い温泉地では、あえて一人旅を受ける必要がない。そのため、一人旅の旅先を選ぶ時は、有名温泉地ではなく、あえて積雪地域や秘湯の宿などから探すのが賢明だ。地図とにらめっこして、こんなところに温泉マークがあると思った温泉に一人旅歓迎宿が隠れていたりする。

また、一人旅を受け入れてくれる宿でも、できれば「平日」や「(積雪期等の)オフシーズン」から選ぶことをお勧めしたい。もちろん週末でも構わないのだが、比較的空いている平日のほうが一人旅も多いし、ゆっくりと滞在できるというメリットがある。

近年では、旅行会社でも一人旅プランを売り出し、インターネットでも販売している。もちろん、最初はこうしたプランから選ぶのもよいが、慣れてきたら直接予約するといい。やはり、直接予約してくれるなじみ客の信頼が一番厚いからだ。

そうした一人旅ということでは、まるほん旅館(群馬県/沢渡温泉)、上松屋旅館(長野県/別所温泉)など、いい宿はたくさんある。「地動説」の旅人となり、その地のなじみ客になりきると、一人旅はうんと楽しくなりきっとクセになることだろう。

井門 隆夫 高崎経済大学准教授

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いかど たかお

高崎経済大学地域政策学部観光政策学科准教授。観光イノベーションが専門。㈱井門観光研究所代表取締役として、地域や旅館業の活性化や再生を手掛けてきた。日本各地の観光地の人脈が広い。

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