米中を悩ませる元CIA職員の香港逃亡問題 火中の栗を拾うのは誰か

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香港特別行政区政府と米国政府との間には犯人引き渡し条約がある。しかし、問答無用でスノーデンを米国に引き渡せば、香港の市民は香港特別行政区政府に対して、一気に反旗を翻し、政治的危機を迎えるのは確実だ。ただでさえ支持率の低迷する現政府だけに、身柄の取り扱いは慎重にならざるをえない。通常、犯人引き渡しの法廷闘争は2~3年に及ぶため、スノーデンは当面の身の安全と自由を保障されることになる。

次は香港と中国との問題だ。香港は中国に返還されたとはいえ、外交と国防を除いた「高度の自治」を保証されている。スノーデンは香港の法律を犯したわけでもなく、米国での罪名も確定していない。もし中国が過剰に介入すれば、香港人は香港に押し寄せる中国人を「バッタ」と呼ぶなど、「中港矛盾」と呼ばれる香港人の嫌中感がさらに加速することになりかねない。

一方で、米国政府による違法な情報収集は、「中国もサイバー攻撃の被害者である」という中国政府の主張を裏付けるもので、中国にとってはスノーデンの身柄が金の卵になる可能性もある。中国にとって、香港を犠牲にしてまで身柄を押さえるかどうかは、スノーデンがほかにどんな情報を持っているか、中国政府に協力する意思があるかどうかなどを、慎重に見極めなければならないだろう。

誰も手が出せない、やっかいな問題

そして最も複雑で面白いゲームになるのが、米中関係への影響だ。摩擦が続いていた米中関係だったが、今月、習近平国家主席が就任からわずか3カ月で異例の訪米を行い、米中関係を振り出しに戻したばかり。今後の米中関係を大事にしたいという思いは、米中双方に強い。中国は過剰に米国を刺激したくないし、米国は中国の反発を招きたくはない。

中国は「外交に関係する」という理由で、スノーデンの身柄を押さえて聴取を行うことによって、実際には米国政府のハッキング能力の詳細なデータを入手することもできる。中国がスノーデンに接触するとわかっただけで、米国関係は鋭く緊張するだろう。

こうした絡みに絡んだ利害の糸をほどくには、それこそ芸術的な域に達する外交手腕が必要になってくるに違いない。

香港特別行政区政府は、この案件が当面は香港側主導で処理されていくということを明言している。これは、中国政府がこの問題の対応で前面に出ることを当面は回避し、様子を見るという意思表明と受け止めるべきだろう。一方、米国政府はスノーデンの罪名を確定させた後、香港特別行政区政府に対して、引き渡し協定に基づく引き渡しを要求する方針とみられる。これらの動きからは、複雑きわまりないスノーデンの身柄問題に対して、米国、中国、香港の3者とも火中の栗を真っ先に拾うことは避けようと、極めて慎重に事を進めようとしていることがわかる。

中国語では誰も手を出せないようなやっかいな問題を、「燙手山芋」(熱々の山芋)と呼ぶが、スノーデンの身柄問題は当分、米中間や香港問題における「燙手洋芋」(熱々のポテト)となりそうである。

野嶋 剛 ジャーナリスト

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のじま つよし / Tsuyoshi Nojima

1968年生まれ。上智大学新聞学科卒業後、朝日新聞社入社。シンガポール支局長、政治部、台北支局長などを経験し、2016年4月からフリーに。仕事や留学で暮らした中国、香港、台湾、東南アジアを含めた「大中華圏」(グレーターチャイナ)を自由自在に動き回り、書くことをライフワークにしている。著書に『ふたつの故宮博物院』(新潮社)、『銀輪の巨人 GIANT』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『台湾とは何か』(ちくま書房)、『タイワニーズ  故郷喪失者の物語』(小学館)など。2019年4月から大東文化大学特任教授(メディア論)。

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