中国人観光客は「毒」か「薬」か? ツーリズムにも「チャイナリスク」

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典型例が今年1月に「撤退」が決まった上海-長崎の豪華客船航路の失敗だ。

この事業は、ハウステンボスを立て直したHISの創業者、澤田秀雄が心血を注いでスタートさせたもので、期待は中国人の富裕層の訪日客にあった。航路が定期運行を始めた昨年2月には、私も長崎県の観光当局から乗ってみないかとお誘いを受けた(行けなかったが)ことを思い出す。

だが尖閣諸島問題をめぐる日中関係の悪化で、中国側が日本行きツアーの募集を取りやめたこともあって事業は軌道に乗らなかった。長崎県も巨費を投じて新しい旅客ターミナルを整備したが、すべては水泡に帰してしまった。これはまさに「チャイナリスク」の中でも、最も恐ろしい「政治リスク」と言える。

マカオが香港より親中的な理由

中国における観光客は、団体旅行を取り扱う旅行会社を通して「総量規制」が行われている。水道の蛇口と同じで、閉じるのも開くのも中国政府のさじ加減ひとつであり、事実上、観光客が戦略資源として扱われている部分がある。

いったん中国人観光客が大量に流入してくれば、現地のホテルやレストランなどは、受け入れ人数に沿った設備投資や人員の配備を行わなくてはならない。行政も長崎県のように観光インフラの整備が必要になってくる。

そして、膨らんだ風船が突然割れてしまうように、観光客がある日突然さっぱり来なくなったときの打撃は極めて大きい。当然、そうならないよう、政府は外交関係上の配慮を余儀なくされることになるだろう。つまり「中国人観光客」というカードを中国政府に握られることになるのである。マカオなどは完全に中国人客依存の体質になっているため、マカオは香港よりはるかに、親中的に振る舞わざるをえない。

中国人観光客は毒か薬かと言われれば、紛れもなく薬には違いない。しかし、多くの効果の高い薬がそうであるように、中国人観光客という薬にはさまざまな副作用が伴っている。そして、その副作用には現地の業者たちの営業努力だけで解決できない「チャイナリスク」がある。それを理解して、その対応策を考えながら、「薬」を飲み続けることが不可欠だと言えよう。

野嶋 剛 ジャーナリスト

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のじま つよし / Tsuyoshi Nojima

1968年生まれ。上智大学新聞学科卒業後、朝日新聞社入社。シンガポール支局長、政治部、台北支局長などを経験し、2016年4月からフリーに。仕事や留学で暮らした中国、香港、台湾、東南アジアを含めた「大中華圏」(グレーターチャイナ)を自由自在に動き回り、書くことをライフワークにしている。著書に『ふたつの故宮博物院』(新潮社)、『銀輪の巨人 GIANT』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『台湾とは何か』(ちくま書房)、『タイワニーズ  故郷喪失者の物語』(小学館)など。2019年4月から大東文化大学特任教授(メディア論)。

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