なぜ、ありきたりな商品が量産されるのか? ディレクター的ものづくりの限界

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最初は、「トイレでお尻を洗いたい」という問題そのものの開発です((1))。次の技術開発は温水器とポンプを結び付けて便座に据え付けるといった、技術的課題の克服になります((2))。3番目に、トイレの個室内にコンセントをつけ、すぐ横から電源をとれるようにするといったような環境を改善するプロセス((3))。そして最後は、それをどうやれば使いこなせるかという方法知と、それを使うことは素敵なことだという価値観や方法を知識として社会に普及させる認識の開発((4))です。

こういった新しい文化が世の中に普及していくときの手順をしっかり徹底すれば、新しい商品は世の中に普及しやすくなります。このときに重要なのは、単に商品そのものの内部の要素間の擦り合わせ(図中では(2)の技術開発のプロセスにあたります)のためのディレクター的技巧ではなく、社会全体と商品の相互整合を俯瞰するプロデューサー的な戦略、大局観です。

プロデューサーは、商品開発のプロセスを通じて、いくつもの制約を克服しなければなりません(図表2)。お尻だって洗いたいと思うという「新しい問題の設定」、それさえできれば、トーマス・エジソンの時代にはすでに温水器もポンプもあったのですから、技術的には、彼の時代にウォシュレットがつくられてもおかしくなかったはずなのです。しかし、そのような欲望を抱くことができなかった、ということ自体が文化的制約なのです。

ポンプが適切に開発できなかったりすれば、それは技術的制約です。トイレ内にコンセントがなければ社会的制約であり、もしコスト的に高くついて購入できなかったりすれば、経済的制約である、といったように商品の普及にはさまざまな制約があり、決して技術的制約ばかりではないのです。

しかし、残念ながら現在の製品開発の考え方の多くは、技術的制約をどうすればコストパフォーマンスよく乗り越えられるかというところにばかり着目する偏りがあります(開発対象を「製品」と呼ぶこと自体、バイアスを反映していますが)。つまり、技術的制約と経済的制約の2元連立方程式としてばかり問題を解こうとするのです。そもそもの問題の新開発で文化的制約を克服する可能性を切り捨ててしまっているので、価値の創造が袋小路に入ってしまいやすいのです。

本当に必要なのは、単に技術とコストの兼ね合いだけではなくて、それを社会のどこにどのようにうまくなじませて、新しい文化を生むかという社会的制約と文化的制約も加えた、4つの変数の兼ね合い、4元連立方程式なのです。つまり、技術とコストで今ある問題を解こうとするばかりではなく、新しい文化、社会の新しいポジションに展開しようとすることが、フロンティアへの道を切り開きます。

(撮影:尾形文繁)

『Think!』WINTER2013号

 

「ほぼ日刊イトイ新聞」で、糸井重里氏と三宅氏の対談が公開されています。こちらもあわせてご覧ください。

 

 

 

 

 

 

 

三宅 秀道 経営学者、専修大学経営学部准教授

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みやけ・ひでみち / Hidemichi Miyake

1973年生まれ。神戸育ち。1996年早稲田大学商学部卒業。都市文化研究所、東京都品川区産業振興課などを経て、2007年早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得退学。東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター特任研究員、フランス国立社会科学高等研究院学術研究員などを歴任。専門は、製品開発論、中小・ベンチャー企業論。これまでに大小1000社近くの事業組織を取材・研究。現在、企業・自治体・NPOとも共同で製品開発の調査、コンサルティングにも従事している。著書に『新しい市場のつくりかた』(東洋経済新報社)、『なんにもないから智慧が出る』(共著、新潮社)がある。

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