インフレ2%には「政労使ベア合意」が必須だ 今の日銀の政策でインフレ期待はつくれない

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なぜ2%のマイルドなインフレが必要なのか。

フィナンシャルタイムズ紙のエコノミストであるマーティン・ウルフは、デフレを回避すべき3つの理由を指摘している。

第1に、賃金は下方硬直的なのでデフレ下では実質賃金を下げられなくなること、すなわちマイルドなインフレは賃金調整を容易にすること。第2に、名目金利に下限があることから、デフレ下では実質金利をマイナスにできないこと(2%のインフレがあれば、0%の名目金利はマイナス2%の実質金利となる)。第3に、元本は名目値で設定されているため、デフレ下では既存の名目債務の実質負担がみるみる膨らみ「債務デフレ」を引き起こしかねないこと。

2%のインフレは経済の調整を容易にする

筆者はこのうち、第1の労働市場の調整を容易にする効果を、最も重視している。日本やアメリカでは、労使の慣行から2期連続の赤字といった困難に陥った企業において労使協議で名目賃金を据え置くことは、比較的容易で、低コストの調整弁となっている。すなわち、マイルドなインフレの下では、名目賃金の据え置きによって、実質賃金の引き下げが可能となり、それは、企業収益の回復力を高める。

また、マイルドなインフレによる売り上げの増加は、労働者間の賃金の再配分、つまり頑張る労働者や将来性のある労働者に大きく報いることなどを容易にする。短期的なコスト削減のための安易なパートタイマーの増加にも歯止めをかけられる。マイルドなインフレの賃金・雇用への効果は世界金融危機後のイギリスが、2%超のインフレを維持したことで、8%もの実質賃金の引き下げを実現し、早期に完全雇用に復帰したことでも確認できる。

一方、ゼロインフレ・デフレの下では、様々な経済ショックに伴う売上高(需要)の減少に対して、コストのかかる労使協議を通じて名目賃金を引き下げても、実質賃金は容易に調整されない。その結果、雇用調整を行わざるを得ない企業が増えて、失業率は高まってしまう。デフレやゼロインフレの継続のツケは、結局は労働者である庶民に跳ね返ってくるのである。

ただし、2%のマイルドなインフレを達成すれば、経済が劇的に変化するわけではない。日本の潜在成長率を高めるには、出生率の回復、移民政策、女性の就業率の引き上げ等による生産年齢人口の増加や地道な規制緩和・構造改革が不可欠である。だが、2%のインフレが経済の調整を容易にする効果を過小評価すべきでない。

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