大統領選ヒラリー敗北で「ダウ暴落」の真実味 ヒラリーとトランプ、支持率再拮抗の「謎」
イリノイとミズーリの州境に近いインディアナ州の小さな行政区であるVIGO(ヴィーゴ)郡は、以前より一部の選挙分析のプロの間で注目された町だ。理由は過去100年、本選に突入する前の予備選の段階で、その町で一番人気になった候補者が大統領になるケースが「神がかり的数値」だからである。
VIGO郡では1888年から2014年までの大統領選挙で外したのは、わずか2回だけ。1908年のタフト大統領と1952年のアイゼンハワー大統領である。筆者がこの記事を読んだのは昨年の12月5日だった。正直驚いた。なぜなら、その段階でこの町が示唆していた2016年の大統領選の勝者はトランプだったからだ。
その後、ずっとトランプが勝つ可能性を冷静に見てきたつもりだ。もちろん3回目の“外れ”の可能性はある。トランプは1970年代、危険だとして父親が反対した荒廃したマンハッタンの再開発に成功。1980年代は誰もやらなかった春のプロフットボールリーグ開設にも成功した。
しかしその成功の後、不動産からカジノ経営に拡大して失敗(タージマハール)。また春のプロフットボールリーグ(USFL)が軌道に乗ったのに、本家のNFLとの合併を強引に画策して失敗した(独占禁止法で告訴したが敗訴)。結局、春のフットボールリーグも3年で消えた。
つまり、トランプは「against all odds」 の逆境には強い。しかし、自分が優位になった後オーバーステップをしている。ならば支持率でヒラリーを抜き、勝利を確信した後が興味深い(まだそこまでなっていないが…)。
「常識が非常識に負ける」ことを想定せよ
いずれにしても、トランプショックへの対応は、もう少し先として、問題はトランプショックの本質を今のうちに理解することが重要だろう。なぜならトランプが負けても、必ずアメリカでは次のトランプ現象が待っているからだ。
冷戦後のグローバル化の軸となったリベラル的知性。ほとんどの市場関係者はこの時代しか知らない。今はその時代に神になった中央銀行のヘッドラインに完全に市場は支配されている。
ところが時間とともに、それでは解決できない停滞期を迎えると、今度は強烈な個性が停滞をぶち壊しにくるサイクルである。アメリカではそれをwisdom of crowdとbrilliance of greatness として、歴史的には両方を尊重してきた。よって常識が非常識に負けることは、米国ではそれほど驚くことでもない。一方で、常識が負けることがほとんど想定されていない日本は、それをイメージしておくことがそろそろ必要だろう。
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら