日ロが平和条約?そんな簡単なことではない 安倍-プーチン会談に過大な期待は禁物

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プーチン大統領は、1956年の日ソ共同宣言後の交渉経緯、とくに1993年、エリツィン大統領と細川首相との間で「択捉島、国後島、色丹島および歯舞群島の帰属に関する問題」について交渉するとの合意、いわゆる東京宣言を無視するような発言をすることがある(たとえば、『朝日新聞』2012年3月3日付に報道された発言)。

ロシアとの平和条約交渉が一進一退を繰り返してきたことは事実であるが、プーチン大統領には後退したところからでなく、これまでの合意によってすでに前進したところから交渉を再開してもらいたい。

また、日ロ関係を進めるのに第三国、とくに米国との関係を損なわないよう配慮することが必要だ。現在、米国とロシアの関係は冷戦の終結以来最悪の状態にあり、そうなったのは複雑な事情によるが、ロシアによるクリミア併合とウクライナ問題、さらにはロシアによるシリアのアサド政権支援などが主要な原因であった。

米国とEU、それに日本はロシアに対し経済制裁を科している。EUの一部には制裁の延長を望まない国が出てきているが、米国はそのようなEU情勢を憂慮し、特使を派遣して制裁継続の必要性を説得するなど、ロシアに対する西側の足並みが乱れないよう腐心している。また米国は日本に対しても制裁の継続を強く希望しており、日ロ関係の前進に強い警戒心を示している。日本としてはグローバルな立場から細心の注意を払いつつ進むことが必要だ。

また日本は、中国が東シナ海や南シナ海で国際法を無視した行動を取っているために米国との緊密な連携・協力を必要としている。しかるにロシアは、中国海軍との合同演習など、間接的には中国の立場に好意的な姿勢を見せている。

北方領土問題は日ロ両国だけでは解決しない

一方、北方領土問題は日ロ間の問題であると多くの日本人は思っているが、米国は1950年代に始まった日ソ交渉以来いわゆる北方四島の返還要求を支持しており、それを無にするような行動をとれないのは当然だ。その意味では北方領土問題は日ロ両国だけで解決できない面がある。

つまり、日本は尖閣諸島の防衛のためのみならず、北方領土問題の解決のためにも米国の協力・支持を必要としているのだ。米国さえ刺激しなければ日ロ両国で関係を進めればよいというような単純な状況にないのである。

日ロ両国の指導者は、今、安定した政治基盤を背景に熱意をもって平和条約交渉を進めようとしている。12月のプーチン大統領の訪日の際には重要な一歩を踏み出してもらいたいが、日本の国際環境と矛盾しないことは重要な条件である。

美根 慶樹 平和外交研究所代表

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みね よしき / Yoshiki Mine

1943年生まれ。東京大学卒業。外務省入省。ハーバード大学修士号(地域研究)。防衛庁国際担当参事官、在ユーゴスラビア(現在はセルビアとモンテネグロに分かれている)特命全権大使、地球環境問題担当大使、在軍縮代表部特命全権大使、アフガニスタン支援調整担当大使、日朝国交正常化交渉日本政府代表を経て、東京大学教養学部非常勤講師、早稲田大学アジア研究機構客員教授、キヤノングローバル戦略研究所特別研究員などを歴任。

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