撃沈から72年「対馬丸の悲劇」を深く知るQ&A

「子どもら約1500人が死亡」史実に何を学ぶか

Q10. 対馬丸は攻撃を予知できなかったのですか? 

対馬丸の西沢船長は、これまでの経験からこの航路の危険性を知っていました。実際、潜水艦の魚雷攻撃に備えた「ジグザク」「之の字」航行をとるつもりだったようです。

しかし、同乗していた輸送指揮官の陸軍将校は、船団から離れる危険や、到着の遅延への懸念から「直線」航行を主張し、結局「軍の命令」ということで直線コースがとられました。

そのため、対馬丸は潜水艦の格好の標的となったのです。

対馬丸事件から学ぶべき教訓

Q11. この戦争の悲劇から私たちは「教訓」として何を学ぶべきですか?

当初、沖縄からの学童疎開には軍艦の使用が要望されましたが、すでに弱体化していた日本海軍にはその余裕はありませんでした。

「実力もないのに、実行を急ぎ、まともな護衛計画もないまま疎開輸送を開始してしまった」ことが、対馬丸事件に至ったそもそもの原因です。

また、航路上、とくに危険な海域には、船の安全を確保するための対策も講じられていたものの、その時点でまったく実行に移されていませんでした。「対策は講じたものの、実行に移されていなかった」ことも問題です。

こうした基本的な不備のほか、当日の直線コースによる油断や不十分な護衛艦の配備という要素が重なり、結果として痛ましい悲劇へとつながりました。

子どもたちを戦火から守るために実施した疎開で起きてしまった悲劇。戦争で犠牲になるのは、戦場の兵士だけではありません。どんな戦争でも必ず、「罪のない弱者」や「戦場になった土地の住民たち」が犠牲になります。

実際、沖縄でもこの後、アメリカ軍部隊が上陸作戦を展開し、多くの住民を巻き込んだ凄惨な戦いが繰り広げられました。沖縄戦では「県民の4人に1人が亡くなった」とも言われる取り返しのつかない惨事となりました。

対馬丸を沈めたアメリカの潜水艦「ボーフィン号」は、現在ハワイ真珠湾のアリゾナ記念館近くに係留され、国の歴史的遺産になって内部を見学することもできます。

日本からの観光客も訪れますが、「対馬丸事件」を知らずに見学している方も多いようです。ハワイに旅行やビジネスで行く際には、ぜひ「歴史を知って」見ていただくと、違った「何か」が見えてくるかもしれません。

この潜水艦が「何を」語り、この悲劇から「何を」学ばなければいけないのか。平和を守り、二度と同じような過ちを繰り返さないために、きちんと歴史を学び直してください。

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