人生において最も大事な言葉は「ノー」である 介護の技法書から現代を生き抜く哲学を学ぶ

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これまで日本は、強固な上下関係をもとにした“従属の「イエス」”によって経済発展してきた。しかしこれからは、「ノー」と言える絆のうえで、“選択の「イエス」”を言えるようにならなければいけない。“従属の「イエス」”が前提となっている限り、人間疎外の現状は何も変わらない。つまり、介護施設、病院、ブラック企業、学校、家庭・・・著者が言いたいのは、個々の人間関係で一つずつ強い絆を築いていく必要があるということなのではないか──。

その時私は、ズドーンと腹に落ちるものを感じ、ユマニチュードの普遍性と骨太さを実感した。このエピローグを読む数日前、九州の叔父さんから電話がかかってきた。5年ほど前から奥様が脳の病気で高齢者施設に入られていて、私たち家族はずっと気がかりで何かお手伝いしたいと考えてきた。しかし、お中元とお歳暮のやりとりで、半年に一度、元気なお声を聞くたびにホッとして、何もせずにきたのである。今回、電話口で、叔父さんが言った言葉が忘れられない。

「ほとんど何もわからんような顔ばしとっとけど、こっちが話しかけたら、少し笑うようなときがあっとよ。笑うたら、やっぱりこちらも嬉しかとばい」

生きるうえで最も大切なことは絆で互いが結ばれること

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叔父さんが元気な理由がわかった。奥様も幸せに違いない。二人の間には、強い絆がある。「この世界を生きる上で最も大切なことは、絆で互いが結ばれることです」とは本書の言葉だが、この1点において二人は満たされている。声色から、電話口で笑顔が溢れているのが伝わってくる。どんなに時間がかかっても、非効率でも、人と人との絆はこうして結ばれているのが理想なのだ。経済活動よりも先に、私たちは、それを忘れてはならない。

ユマニチュード技法の4つの柱は、「見る」「話す」「触れる」「立つ」だ。そして、「出会いの準備」「ケアの準備」「知覚の連結」「感情の固定」「再会の約束」という5つのステップがある。本書を読むと、4つの柱は赤ちゃんを「人間」として迎え入れるために自然にすることであり、5つのステップは好きな人に会いに行くときに自然にすることだと説明されている。看護側はできるだけ短時間に終わらせたほうが良いから、病室にノックをしないで入る。目も見ず、話しかけることもせず、ただ体位だけ変えて戻る。だから、高齢者は怒るのだ。

このような病院の事例一つをとってもそうだが、人間疎外の原因となるシステムには、ある意味で合理性がある場合が多い。だからこそ、浸透しているのだ。あなたがブラック企業の幹部なら、経済合理性のある深夜のワンオペに「ノー」と言えるだろうか。古い物差しで有能な人であるほど、それが必要だと考えるかもしれない。これからのリーダーは、業績を伸ばすことを達成しつつ、人間疎外に「ノー」と言える懐の深さが必要である。従業員やお客様との関に、九州の叔父さんたちのような強い絆をつくれる否か。それは途方もない作業かもしれないが、ユマニチュード的な視点が強く求められる時代が間違いなく来ている。

吉村 博光 HONZ

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よしむら ひろみつ

夢はダービー馬の馬主。海外事業部勤務後、13年間オンライン書店e-honの業務を担当。現在は本屋さんに仕掛け販売の提案をする「ほんをうえるプロジェクト」に従事。

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