貧困に喘ぐ若者が地中海で溺死する深刻事情 SNSがアフリカの貧しい若者を刺激している

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IOMのジジガ事務所のデービッド・ジマーマン所長は、「ジジガでは周囲の人に聞けば、息子、知り合いなど誰かしら欧州に渡った、あるいは渡ろうとしたという人がいるほどここを離れる人は増えている」と説明する。「欧州に行けばはるかにより良い生活が待っている、という認識を持っている人が多く、また、過度な期待を持っている人も多い」。IOMによると、移民の中には女性も多く見られるという。そして女性たちは、途中で強姦されるなどの危険があるために、避妊用ピルを飲み、「危険を覚悟して」、欧州へ渡るのだという。

このような危険な旅に歯止めをかけようと、エチオピア政府もNGOも密航業者の取り締まりや、若者に対する啓蒙活動に乗り出している。

若者たちに対する意識向上のキャンペーンを行うために昨年末にジジガで設立されたNGOの“マンディーク女性組織(MWO)”の共同設立者の男性アブディハキム・シュクリは、「この町では大多数の若者が仕事に就いていない。学校を出たとしても何もすることがなく、家でぶらぶらするしかない」と話す。シュクリも昨年4月、17歳だった弟を地中海で亡くしている。「私たちのNGOの使命は、危ない渡航をしないように意識向上のための活動をし、職業訓練などを提供してスキルを身につけてもらうことで、若者たちが職を得やすくすることだ」。

ソーシャルメディアの役割

移民の動きを加速させているもう1つの理由として多くの人が挙げたのは、ソーシャルメディアだ。ソーシャルメディアは移民たちが渡欧に成功して幸せそうな生活をしている様子を伝える。そしてFacebookやチャットなどを通じて互いに緊密かつ迅速に連絡を取ることができる。一方の密航業者もソーシャルメディアを使って移民と接触をする。

息子を亡くしたジャメルは、「ドイツに渡ることに成功した息子の友達がスマホで息子に対して『ジジガで何をやっているんだ?』とか『ドイツではいい生活ができる』など何度となく息子を誘っていた」と話す。「それによって息子は感化されてしまった」。

MWOのシュクリも「明らかにソーシャルメディアは欧州行きを加速化させている」と話す。「溺死する人も多いが、全体で見れば成功例も増えている。そして、例えばスイスの地下鉄で笑顔でポーズする写真や、かっこいい自動車の前で撮影した写真などポジティブなものだけをソーシャルメディアで見せる。これを見た若者たちは、自分たちもあのような生活がしたいと思うようになる。彼らは欧州での辛い生活については、あったとしても一切語らない」。

欧州連合(EU)は、アフリカからの移民が急増し、地中海で多くの犠牲者が出ていることを受けて、昨年11月、移民急増の原因となっているアフリカの貧困や紛争の解決に取り組むために18億ユーロの“欧州連合緊急基金”を設立した。同ファンドの対象国はエチオピアを含む “アフリカの角”の国々、サヘル(サハラ砂漠南縁部の地域)、チャド湖地域と北部アフリカで、それぞれの国で行われる雇用創出、女性・子どもの保護、海外へ渡る移民の削減を目標とするスキーム作りなどのプロジェクトに拠出。EU加盟国の開発機関や国際機関などがそれぞれの国でプロジェクトを行う。

「欧州はアフリカでこのようなプロジェクトを行うことにより、“輩出元”で移民が欧州に渡ろうとするのを抑えようとしている。これ以上欧州に来る難民が増えては困るからだ」とエチオピアでドイツ政府の国際協力機関GIZに勤める女性は話す。「しかし、解決は簡単ではない。そう簡単に仕事をつくり出したり、貧困を削減することなどできない。アフリカを離れようとする人々は増える一方だろう」。

(文中敬称略)

上野 きより ジャーナリスト、元国連職員

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うえの きより / Kiyori Ueno

ブルームバーグ・ニュース東京支局、信濃毎日新聞社などで記者として働いた後、国連世界食糧計画(WFP)のローマ本部、エチオピア、ネパールで働き、食糧支援に携わる。2016年から独立。慶應義塾大学卒業、米国コロンビア大学院修士課程修了。東京出身

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