若い貧困者が「見えない傷」をこじらせる理由

生活保護と貧困スパイラルの密接な関係

少なくとも取材初期の段階では、メンタルを病んでいるという割に仲岡さんはけっこうしっかりして見えたし、こう言ったら失礼だが、夜職としてはずいぶん一般職務能力が高いという印象。ほんの半年で、ここまで孤立した廃人のようになってしまうとは、僕はまるで想定していなかった。

この短期間の凋落の理由を考えてみた。そもそも彼女の貧困への入り口は、前職の介護職での過酷なトラウマ体験。その段階で、不眠やパニックがあって精神科通院を始めていたが、これは本連載が指摘し続けている「見えない傷・見えない痛み」を心と脳に抱えている状態だったと言える。だが彼女はここで、ひとつの間違いを犯してしまった。

確かに当時の彼女にとって、薬で心の痛みを緩和することがいちばんのニーズだったのかもしれないが、彼女はその痛みを本質的になくす「治癒」を目指す医療ではなく「一時的な痛みの緩和」に飛びつき、自身の貧困生活のストレスの中でその傷を悪化させていった。精神科と同時にカウンセリングにかかることは、費用的な面であきらめているようだったし、「最悪、つらけりゃ薬で寝逃げすればいいんで」とも言っていた。

だがそれは彼女だけの過ちだろうか? ここでの問題は、こうした彼女の誤った自己治療に、医師が加担していたことだ。あのクリニックの医師は何だったのだろう。なんだかあの医師は、ドラッグストアで第一類医薬品を対面販売する薬剤師に近い存在に思えた。待合室で見ているかぎり、問診にかける時間は平均で5分といったものだったから、ドラッグストアよりもスピーディかもしれない。

もちろん僕自身、精神科医や精神科クリニックがそんな存在ばかりではないことを知ってはいるが、その一方で、取材対象者たちが「薬局のように精神科クリニックを使う」のも見てきた。悪いことに、キャバクラを中心とする夜職の人々の中には、不規則な生活の中で「薬で寝て薬で起きる」といったことが悪しき慣習化している側面もある。仲岡さんも当初はそうした周りの流れに従っただけだったのかもしれない。

精神科医は貧困問題にも知識を持つべき

だが大前提として、精神科に救いを求める=心に痛みを抱えた状態は、つねに失職や収入の喪失と相関性がある。ならば本来、精神科医は心の痛みに対する対症療法のみならず、根本的にその心の痛みの原因を取り除く医療や、患者の就業や所得の状態に興味を持ってほしいし、貧困問題にだってある程度の知識があるべきではないのか。ソーシャルワーカーにつなぐルートや、生活保護申請のノウハウなども知っているべきだ。

願わくば、投薬以外のカウンセリングについても、保険適用の医療であってほしい。現状で保険が利くカウンセリング的医療は認知行動療法などに限定されているが、うつが国民病とまで言われる中、対症療法が中心というのはどうにも腑に落ちない。

精神科とは、本来、貧困当事者のワン・ストップ・サービスを提供する場にもなるはずのポジションなのだ。さすがに「生活保護の申請はハローワークへ」などと思っている医師は特殊かもしれないが、現状貧困の当事者にとって精神科医療がなせていることはあまりにも少なく感じてならない。

加えてもうひとつ。当連載の前々回で「僕自身は現状の生活保護制度に否定的」とした部分に言及したい。

まず生活保護の申請段階について。これは仲岡さんの取材以外でも感じていたことだが、メンタルにトラブルを抱えた者が生活保護の申請をすると、申請段階でメンタルの状態が一段階、いや、数段階悪化するようなケースをいくつか見てきた。

そこで行われていることは、おそらく生傷=トラウマ記憶のほじくり返しだ。心に傷を残すような過酷な体験をした結果、貧困に陥った人々にとって、その体験を思い出し、聞き出され、他人に語るということは、被害の追体験にほかならない。パニックを抱えた当事者にとって、自分のつらい記憶を思い出し、かつ現状の窮状を体系立てて話すことが、いかに苦痛を伴い困難なことなのか。

これは僕自身が高次脳機能障害を抱えて再認識した点でもあるが、心に大きな傷を抱えた者に過去の聞き込みをすることは、そのことが原因で当事者が死んでしまえばそれは間接的な殺人にもなりかねない危険な行為だ(これは記者業にも同じことが言えるから自戒を込めたい)。

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